それから何軒もの高級ブティックを訪ね歩き、同じようにスーツを試着していった。
結果はもちろん最初の店と同じように、似合わないし、サイズも合わない。
馬子にも衣装、という言葉さえ当てはまらないほどのダメっぷりだ。
大人の服の店なんだから当たり前なんだけど、
分かっていながら着なきゃいけないあのいやな気持ちはもう味わいたくなくなってきた。
明らかに似合っていない服を身にまとったオレに対する獄寺君からの大げさな称賛も、そろそろ耐え難い。
街に着いたときの高揚感も鳴りを潜め、はぁ、と深くため息をついた。
そしてオレと同じく、ため息をつく人がもう一人。

「すみません、10代目・・・10代目の誕生日には10代目に似合うものをプレゼントしたいって思ってたのに、
 準備不足できちんと用意できなくて・・・」

がっくりと肩を落とし、深いため息。
そもそもオレは、こういうのは欲しいと思ってないんだけどなぁ。
はじめのうちは、プレゼントなんて自分があげたいものをあげればいいんだから、
オレは獄寺君がくれるものを、しっかり受け取ればいいんだって思ってたけど。
さすがに、ちょっと、疲れちゃったな・・・。

並んで歩きながら、もう一度ふぅとため息をつく。
信号がちょうど赤に変わったので、横断歩道の手前で足を止めた。
それまで止まっていた車が動き出して、生暖かい風が顔を撫でる。
ふと気配を感じて隣を見れば、ショーウインドウに映った自分だった。
低い背丈に薄っぺらい体、どんぐりみたいな丸い目に、不規則に立ち上がった髪の毛。
これのどこが渋かったりかっこよかったりするんだろう?
一般的な中学生と比べたって完全に見劣りするっていうのに、
獄寺君の美的感覚は、世間一般とズレているのかもしれない。
だってほら、美術だって前衛的だったわけだし。

「何か気に入ったものがありましたか?」

しばらく無言でショーウインドウを眺めているオレに、獄寺君が声をかけた。
ガラスに映った自分から視線を外して獄寺君を見上げれば、
獄寺君の意識はすでにショーウインドウの中へと向かっていた。
それまでまったく気にしていなかったショーウインドウの中身に目をやると、
そこに並んでいたのはまた高そうなアクセサリーだった。
手前には指輪が、奥にはネックレスや財布なんかが並んでいる。
きらきらと光る銀製品を眺めて、ふと、獄寺君を見やる。
こういうものは、獄寺君が好きそうだ。

「ここもオレ、結構おすすめなんですよ。寄っていきます?」

にこにこと嬉しそうに言う。
首元を飾るネックレスや、指にはめられた指輪と同じものはないものの、
それと似たデザインのものが並んでいて、その言葉どおり獄寺君のお気に入りの店なんだろう。
大人っぽい獄寺君には今身につけているアクセサリーも似合っているし、店にあるアクセサリーも似合いそうだ。
体ごとショーウインドウに向き直って、並べられたアクセサリーを覗き込む。
ちょうど正面にあるドクロの指輪とか、獄寺君、好きそうだな。
その隣のゴツゴツした指輪、獄寺君が持ってるのに似てる。
順番に視線をずらして左奥まで行き着いたあと、また正面まで視線を戻す。
それから今度は右側を見ていくと、ふと目に留まるものがあった。
ほかのものに比べるとごてごてとした装飾はないものの、彫りこまれた模様が細かくてきれいな指輪。
荒っぽいくせにとてもきれいな獄寺君の指に似合うだろう。
今はズボンのポケットに入っていて見えない指を思い浮かべてそう思う。
すらっと高い身長に、たくさんのアクセサリーを身につけて。
中学校の制服だというのに子どもっぽさが感じられない。
オレと並んでショーケースの中を眺める顔は真剣で、
渋いとか、かっこいいとか、そういうのってこういう顔のことをいうんだろうな、
ガラスに映る獄寺君の姿を見つめ、そんな風に思った。

「10代目?何かいいの、ありましたか?」

じっと獄寺君を見ていたのに気付いたのか、ガラス越しに目が合って、声をかけられる。
それまで考えていたことが恥ずかしくて、オレはとっさに顔を背けた。
目に映ったのはさっきまで見ていた、繊細な指輪。

「あのさっ、これ、かっこいいね!」

獄寺君の注意を逸らすように声に出す。
するとオレの思惑通り、獄寺君の視線はオレから指輪へと移った。

「そうですね、10代目によくお似合いだと思います」
「え?」

獄寺君の言葉に大きく瞬きをして、それからガラスの中の獄寺君を見た。
指輪から顔を上げて、にこりとオレに微笑みかける。

「10代目のきれいな指によく似合うデザインだと思います。入ってサイズを合わせてみましょうか」

にこにこと整った顔を甘く緩ませた獄寺君と、
その隣には子どもっぽさ全開の間抜けな表情をしたオレ。
どう見たって、オレより獄寺君に似合うだろう?
ガラスに映るオレの顔は、だんだんと、苦い顔になっていく。

「10代目がこれをつけたら、渋くてとってもかっこいいですよ」

今日何度目かも分からない言葉に、オレはうんざりしてしまった。
大人っぽいブティックを何軒も回らされて、似合わない服を着せられて、
似合っている、かっこいい、渋い、すてきだ、そんなことを言われたって真に受けるほどオレも馬鹿じゃない。
こんな丸っこい子どもの手、獄寺君みたいに男らしい手じゃないんだから、指輪なんて似合うわけないじゃないか。
自分の手を眺めていると、ショーウインドウに移った自分の姿が頭に浮かぶ。
バカ、くず、のろま、どんくさいヤツ。
リボーンやクラスメイトに散々言われた言葉がよみがえった。
世間一般のオレの評価は、そんなもんだ。
耳にたこができるほど聞かされてきた。

「・・・それ、本気で言ってんの?」

思わず低い声が漏れた。
10代目?と獄寺君が声をかける。
少し驚いたような、そしてなだめるような声色。
それがなんだか無性に癇に障った。

「入りたいなら獄寺君一人で入って。オレはもう帰る」
「え、じゅ、10代目・・・!?」

我慢も限界まで来ていたオレは、信号待ちをしていた横断歩道を渡ってしまう。
渡り終えたところでちょうど信号がまた赤に変わった。
オレの突然の行動に驚いた獄寺君は追いかけて来られない。
おろおろとする獄寺君を店の前に置き去りにして、オレは走って家に帰った。



*



「ただいま」

不機嫌さを前面に押し出して、それでも習慣で挨拶をする。
張り切って声を出す気分でもなかったから、聞こえているかどうかは分からないけど。
鞄から取り出した弁当箱を台所に置いて、リビングにいる母さんに話しかけられる前に部屋に上がった。

部屋に入り、ドアの近くで鞄を下ろすと、そのままベッドに倒れこんだ。
少し固めのマットレスが、少し弾んでおとなしくなる。
珍しく静かな家の中で、頭に浮かぶのは獄寺君のことだった。
今日は朝からずっとご機嫌で、放課後においては品物を選ぶとき以外はずっと笑顔だった。

(よくお似合いです)
(かっこいいですよ)
(すげー渋いっス)

オレが何を身につけても、どれだけ似合っていなくても、全て肯定して褒めていった。
今日の放課後だけで一生のうちに聞く褒め言葉を全部聞いてしまった気分だ。
だけど獄寺君がオレを褒めるたびに、オレの気持ちはどんどん落ち込んでいった。
ぶかぶかのスーツ、大人っぽいデザインのハンカチ、高価なアクセサリー。
どれを身につけても自分の子どもっぽさが浮き彫りにされるようで、ひどく居心地が悪かった。
誰が見ても、どうやって見ても、似合ってなんてない。
なのに獄寺君は嬉しそうにオレを褒めた。
店員さんが苦笑する中で、獄寺君だけが褒めてくれた。

「そうなんだよなぁ」

目をつむると浮かんでくる獄寺君の笑顔。
オレを見る獄寺君の表情は本当に嬉しそうで。
嘘やお世辞で言ってるんじゃないってことはすぐに分かった。
獄寺君がオレに対して嘘つくなんてことはないって、最初から知ってたはずなのに。
オレの目に似合って映らなくても、他の人から不恰好に見られても、
獄寺君の目には、あれはあれで、確かに似合っているように見えたんだろう。
少しは気を使っていたかもしれないけど、それは本心からで、
馬鹿にしてるわけじゃないってことは、分かってたはずなのに。
嬉しそうな獄寺君の顔が、困惑した表情に変わる。
最後に見た獄寺君の顔を思い出して、胸が痛んだ。
戸惑った様子の声がよみがえる。
ひどいことをした。
いくらイライラしてたからって、獄寺君に当たるなんて、オレの方が一方的に悪い。
うつぶせで組んだ腕の中に顔をうずめた。
謝ろう。
明日ちゃんと謝ろう。
昨日はごめんね、って、そしたら獄寺君はまた笑ってくれるかな。
額の下でシーツを強く握り締める。
布団や制服がしわくちゃになるのも構わずに、
母さんに晩ごはんに呼ばれるまで、そのままの格好で転がっていた。


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