結局あのまま獄寺君に連絡を取ることもできず、
今日はリボーンの誕生日パーティーだったというのに獄寺君は姿を見せなかった。
獄寺君がリボーンの誕生日パーティーに来ないだなんて、
やっぱりイタリアまで帰っているのか、よほど重要な用事があるんだろう。
会いたい。声だけでも聞きたい。
そう思ってもあんな別れ方をしてしまった手前、オレの方からのこのこと連絡を取ることなんてできず、
リボーンの誕生日を祝うのもそこそこに、パーティーが終わったらすぐに自分の部屋に引っ込んで、
ベッドに倒れ込んでぐずぐずとしていた。
「ツナ、いつまでうじうじしてんだ。目障りだぞ」
「痛だっ!」
ガツン、と革靴で後頭部を蹴られるひどい衝撃。
気を抜いていたせいで思わず舌を噛みそうになった。
「痛ってー!何すんだよリボーン!」
じくじく痛む頭を撫でながら、寝転がっていたベッドからわずかに体を起こす。
体をひねって後ろを見れば、いかにも「蹴り上げましたよ」というポーズでリボーンが立っていた。
「ツナ、オレはマンゴープリンが食いたいぞ」
「・・・はぁ?」
振り上げていた足を下ろし、頭を蹴ったことへの詫びも説明もなく、リボーンは唐突に自分の欲望を口にした。
ようやく痛みに体が追いついたのか、じんわりと涙がにじんでくる。
半端に起こしていた体を持ち上げて座り直し、リボーンに向き直ると、もう一度同じことを繰り返された。
「オレはマンゴープリンが食いたい」
「マンゴープリンなら冷蔵庫に入ってんだろ?」
「あれは昨日食っちまった。ツナ、買ってこい」
「何でだよ!食いたいんなら自分で買ってこいよ!」
いつにも増して横暴な家庭教師に、オレは正論を唱えた。
蹴られてパシらされるなんて嫌だ。
それでなくても今は動く気さえないんだから。
「ツナ、今日はオレの誕生日だ」
「・・・?知ってるよ。さっきパーティーやったじゃん」
「今年はボンゴリアンバースデーパーティーじゃないからって気を抜きやがって。プレゼントを用意しなかったのは、お前だけだ」
「・・・そ、それは・・・」
「他のやつらはちゃんとプレゼントを用意してくれてたぞ。チビたちでさえだ」
「・・・う、」
「なのにお前はいつまでもうじうじねちねちと自分のことばっかりで情けねーしみっともねー」
「・・・ぐ、ぅ・・・」
「外の空気でも吸ってちょっとはしゃきっとしやがれ」
「・・・・・、・・・分かったよ・・・」
ガツガツと痛いところを突かれて反論もできない。
リボーンの誕生日プレゼントなんて2日前にでも用意すればいいやと思っていたが、
それどころではなくすっかり忘れてしまっていた。
プレゼントを用意していなかったことを出されてしまえば素直に従うしかなかった。
確か家から一番近いスーパーにもマンゴープリンは売っていたな、と考えながらベッドから降りる。
「それじゃだめだ。オレは『わがままシェフのマンゴープリン クリーム仕立て』しか食わねえ」
頭の中で考えていたことに口を挟まれてびくりとする。
なんで考えていることが分かるんだ、なんてことはもう疑問に思わないけれど、それでもやはり驚いてしまう。
上着のかかったハンガーを取りながら、リボーンを振り返る。
「え、やだよ。あれビックスポップにしか売ってないじゃん。あそこ遠いもん」
「んで、今日までの限定商品だ。これを逃すともう一生食えねえかもしれねぇ。
日本って国は流行に対して食いつきがすげえ代わりに、それが終わると後は見向きもしねぇ残酷な国からな」
リボーンの目が黒く光る。
これは本気だ。本気で食いたがっている、獲物を狙う目だ。
「・・・分かったよ・・・」
さっきと同じ言葉をもう一度口にする。
これ以上反論したところで意見を変える気もないんだろう。
もう面倒になっておとなしく従うことにした。
「マンゴープリンなんてどれも一緒だと思うけどなぁ」
上着を手にしてハンガーを元通りかけながらぼんやりとつぶやくと、リボーンの瞳の奥がギラリと光った。
「ツナ、お前は何も分かっちゃいねぇ。山中さんの育てたマンゴーを使ってるプリンは、あれだけなんだぞ」
「・・・山中さん?」
「有機栽培でうまい果物を作る人だ」
「ふぅん?」
上着に袖を通しながら適当に相槌を打つ。
リボーンって食べ物に関しては変なこだわりがあるよな。
「あいつが山中さんと契約するとき、他の生産者に果物を分けてやらねぇようにするっていう決まりごとも入れやがった」
「あいつって?」
通学鞄から財布を取り出してポケットに入れる。
「わがままシェフだ」
「え、あれ実在の人なの!?」
「そうだぞ。それ以来、あいつの手にかかったモンでしか山中さんの果物が食べれなくなってんだ」
「超わがままだ!」
「それがわがままシェフのゆえんだ」
ニヤリと悪い顔で笑うリボーン。
思わず大声でツッコんでしまい、そしてリボーンの策略にはまっている自分に気づく。
・・・なんか、オレまでそのマンゴープリン、食べたくなってきた・・・。
「残ってるの全部買い占める勢いで買ってこい。あいつの策略にはまるのは癪だけどな」
「ん、残りの個数にもよるけどね・・・いっぱい買ってくるよ」
財布の中身を思い浮かべて言葉を返す。
10個くらいならギリギリ買えるだろう。
問題は店の方にどれくらい残っているか、だ。
そこまで考えて口元が緩んでしまう。
いつからオレん家、そんな大家族になったんだ。
昔はとてもじゃないけど消費できなかった数も、今なら2日あれば簡単に食べ切ってしまうだろう。
「それじゃ、行ってくる」
「ああ」
リボーンに声をかけてから部屋を出る。
玄関でしゃがんで靴を履いていると、台所から顔を出した母さんに声をかけられた。
「ツナ?どこか出かけるの?」
「うん、ちょっとコンビニに」
「もう外暗くなってきてるから気をつけてね」
「うん」
「それから明日のことだけど、母さん獄寺君に言いそびれちゃったの。ツナがちゃんと誘ってきてね」
少しの間忘れていた名前を出されてぎくりとした。
明日はオレの誕生日パーティー。
一日違いなんだからリボーンと合同でいいって言ってるのに、
以前忘れていたことをまだ気にしているのか、はりきってパーティーを開いてくれる。
みんなを呼んで、普段より気合の入ったごはんを食べるだけの簡単なものだけど。
それにはもちろん獄寺君も呼ぶつもりだったけど、
この間変な別れ方をしてしまって、それから会えないままで今日になった。
これを連絡を取る理由にすればいいのかもしれないけれど、どんな顔してパーティーに誘えばいいのか分からない。
結局はぐずぐずとしてすぐに電話をする勇気も出ない。
帰ってきてからにしよう、と悪い癖で先延ばしにした。
「・・・行ってきます」
「行ってらっしゃい」
明確に返事を返さないオレに気にした風もなく、朗らかに見送られる。
ドアを開けて外に出ると、頬に当たる風が冷たくなっていた。
日が落ちるのも早い。
まだ夕方と夜の境目の時間だというのに、空は濃い青色になっている。
つい最近までは暑い日が続いていたのに、すっかり秋になってしまった。
門扉を開けて道路に出る。
わがままシェフのマンゴープリンを置いている店はこの近くには一軒しかない。
・・・獄寺君の家の前を通って、もう少し向こう。
店の方向、獄寺君の家の方向に足を向けると、冷たくなりかけていた頬に熱がこもる。
もしかしたら家の近くで獄寺君に会えるかもしれない。
いや、それよりも、プリンをお土産にしたら、すんなり獄寺君に会いにいけるかもしれない。
冷えた空気のおかげだろうか、電話をするのでさえためらっていたのに、今はこんなにも気分が軽い。
会いたい。獄寺君に会いに行きたい。
足を一歩踏み出せば、じゃり、と地面から音がする。
じゃり、じゃり、足元から聞こえてくる音とは別に、似たような音が前からも聞こえてくる。
人が歩いてきてるんだろう。ぶつからないように避けないと。
そう思って顔を上げて、目の前に現れた人影に息を呑む。
暗い空の下でもきらきらと輝く銀色の髪。
今まさに、会いたいと思っていた人。
「獄寺、君」
「10代目」
銀色の髪、灰緑の目、煙草から立ち上がる煙、
2日間会っていなかっただけで、とても懐かしく思う。
ぼんやりと、初めに交わす言葉が見つからなくてじっと見つめるだけになっていると、獄寺君が先に口を開いた。
「お久しぶり、です」
「久しぶり」
同じように言葉を返す。
獄寺君も同じように思ってくれているんだろう。
それがなんだか嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。
たった2日。けれど今まで毎日一緒に過ごしていたから、とても長く感じてしまう。
「用事は、もういいの?」
嫌味っぽく聞こえないように気をつけて言ったつもりだけど、
オレの言葉に獄寺君はあたふたと慌てだした。
「あの、はい!ええと、もう終わりました!・・・10代目は、これから、お出かけですか?」
「うん。ちょっとコンビニまで。今日までの限定のプリンがあるみたいで」
多少のぎこちなさは残るものの、思っていたよりも普通に話せていることにほっとする。
このままちゃんと仲直りしたい。
道端でじゃなくて、どっちかの部屋で腰を落ち着けて、ちゃんと謝って、わだかまりをなくしたい。
「・・・ご一緒しても、よろしいですか?」
「うん、一緒に行こう。・・・そんで、帰り、獄寺君家、寄ってもいい・・・?」
表情を伺うように、獄寺君の顔をそろそろと見上げると、
視線の先で獄寺君の肩がびくりと跳ねる。
それから小さく、はい、と了承の言葉。
「オレも、うちでゆっくりお話できたら、って、思ってました」
獄寺君の声は真剣な響きを持って耳に届いた。
背筋が震えたのは寒さのせいか、その声の響きのせいか、そのときのオレには判断できなかった。
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