先に向かったコンビニで、目当てのマンゴープリンを残っていた8個全部買い込んだ。
明日からは『わがままシェフのパンプキンプリン ハロウィンバージョン』が発売されることを知り、
貼り出してあった告知のポスターを眺めながら、これもリボーンが好きそうだな、と思った。
プリンの他にも部屋でつまむお菓子やジュースを一緒に買って、荷物は結構な量になった。
二つに分けて入れられた袋を二人で持って、来た道を少し戻り、獄寺君の部屋にお邪魔した。

「おじゃまします」

コンビニに寄っている間にさらに空は暗くなり、
先に部屋に入った獄寺君が電気をつけてくれるまで、部屋の中は真っ暗だった。
ひんやりとした部屋の様子に、獄寺君は朝から出かけていたのかもしれないと思う。
獄寺君に続いて台所に入り、マンゴープリンを冷蔵庫に入れさせてもらって、
飲み物の用意をしてくれる獄寺君に、いつものようにマグカップを取り出す程度の手伝いをする。
ありがとうございます、と礼を言われ、なんだか少し照れてしまう。
暗い道を歩いている間、コンビニで買い物をしている間、
無理に話すことはなく、ほんの少しいつもより長い沈黙が流れていた。
それは嫌な沈黙じゃなかったけれど、やっぱり少し不自然さを持っていたから、
こんな風にいつも通りに行動して、声を聞くと、嬉しくなった。

「準備ができたら持っていきますから、10代目は先にリビングで待っててください」
「うん、分かった」

沸かしている水はまだ沸騰するのに時間がかかりそうだ。
獄寺君の言葉に素直に返事をして、台所からリビングに移動した。



コトリ、と小さく音を立てて、テーブルの上にカップが置かれる。
ふわふわと白い湯気を立てて、ココアの甘いにおいがする。

「ありがとう、獄寺君」

向かい側に座った獄寺君に声をかける。
温かいマグカップを手に取ると、甘いにおいが濃くなった。
じんわりと、冷えていた指先に熱が移る。
くるくると手持ち無沙汰にカップの中身をかき混ぜる。
それくらいですぐに冷えるわけもないし、ココアの粉末はすでにしっかり溶けている。
気持ちを落ち着けようと無意識にした行動が、獄寺君の視線を受けて余計に落ち着かなくなってしまって困る。
ちらりと獄寺君の様子を伺えば、コーヒーにもお菓子にも手をつけず、かしこまっている。
目が合えば、とたんに慌てた様子でうろたえ始めた。
その姿に小さく笑みがこぼれ、それから言わなきゃならないことを思い出した。
コトン、と音を立てながら、口をつけないままでマグカップをテーブルに戻す。
獄寺君と同じように背筋を伸ばして、灰緑のきれいな目を見上げて。

「獄寺君、この間は、ごめんね」

ぴく、と獄寺君の肩が揺れる。
小さく息を呑んで目を見張ったあと、苦く微笑んだ。

「謝らないでください。オレも悪かったんですから」
「ううん。獄寺君は悪くない。オレが悪いんだよ。
 オレね、あのときなんかムシャクシャしてて、それで、獄寺君にひどいこと言って八つ当たりした。・・・ごめんね」

獄寺君の言葉にふるふると首を振った。
獄寺君はオレの態度から、自分にも非があったんじゃないかって考えてるんだろう。
確かに獄寺君の言葉がひどく気に障ってあんな態度を取ってしまったけれど、
獄寺君がオレをからかうわけじゃなく、本心から言っているんだって、
頭の隅っこでは理解してたのに、過剰に反応して腹を立てたオレの方が悪い。
オレへのプレゼントを真剣に選んでくれていたというのに、
急にオレが怒り出して、驚いてしまっただろう。
足の間に下ろした両手をぎゅっと握る。

「ごめん、獄寺君」

獄寺君の態度から、獄寺君が怒っていないことは分かっていたけれど、
謝らないでと言われても、謝らないわけにはいかない。
今までの人生の中で人に謝るなんて場面、数え切れないくらいに遭遇してきたけれど、
こんな風に、心から謝罪の言葉を口にしたことはない。
人の怒りから逃れるためじゃなく、自分の行動を反省して、
相手との間にわだかまりを残したくないと思うほどに、誰かを特別に、大切に思ったことはなかった。

「10代目、顔、上げてください」

いつの間にか机の上からさらに視線は下に下りて、落ち着きなく動く組み合わせた自分の指を眺めていた。
困ったような声に促されて、そろりそろりと顔を上げる。
向かいに座った獄寺君の顔は、声と同じように困った表情をしていた。

「10代目はあのときムシャクシャしていたとおっしゃいましたが、やっぱりそれってオレにも非があると思うんです。
 嫌なことも忘れてしまうくらい楽しんでもらわないと、恋人同士のデートとしては失敗ですよね。
 オレのエスコートが至らなかったせいです。オレの方こそすみませんでした」

ぺこり、と頭を下げる獄寺君に慌ててしまう。
オレが悪いはずなのに、なんで獄寺君が謝ってんの!?

「ご、獄寺君、頭上げてよ・・・!」

思わず机に手をついて、身を乗り出して声を上げる。
銀色の髪の毛が、きれいな線をたどって持ち上がる。

「・・・許して、もらえますか?」

机に乗り上げているせいで逆転した目の高さ。
灰緑の瞳に下から見上げられて、澄んだ瞳を見下ろして、オレはゆっくり腰を下ろした。

「獄寺君に対して、もう怒ってないよ。ていうか、今獄寺君が言った意味でなら、最初から怒ってない」

カップから立ち上る湯気の勢いが小さくなってきている。
その中身が冷めてきているのが分かり、自分の視線が下がっていることに気付いた。
目線を持ち上げて獄寺君へと向ける。

「オレの方こそ、許してくれる?」
「オレだって、怒ってなんていませんよ」

相手の心の中を探るように見つめ合って、同じタイミングで顔がふやけた。

「エスコートってなんだよ。恥ずかしいな」
「オレと一緒にいるときに退屈だと思ってほしくないですから」

くすくすと小さく笑い合って、もう一度視線を絡ませる。

「これで最後。ごめんね」
「はい。オレの方こそすみませんでした」

二人で笑いながら謝った。
獄寺君の部屋に来る前とは違う、ふわふわとした雰囲気に自然と頬が緩んでいく。
テーブルの上に置いたままのマグカップを手にとって、飲みやすい温度に冷めたココアを口に含む。
好みの甘さに調節されたココアが口の中に広がって、ますます頬がやわらかくなっていく。
好きな人と一緒に、好きな人の入れてくれた甘いココアを味わって。
幸せだな、と強く思った。
幸せ、嬉しい、大好きだ。
やわらかい優しい気持ちに浮かれていると、獄寺君が腰を上げてこちら側にやってくる。
立ち上がり、オレの隣に腰を下ろす獄寺君の動きを目で追って、オレの首は横を向いた。

「10代目・・・」

熱っぽく潤んだ声に、取り巻く空気が様子を変える。
優しく笑みながらも楽しいばかりの笑いを潜めた獄寺君の表情に、
手に持っていたマグカップをテーブルに置いた。
獄寺君は服のポケットから小さな箱を取り出した。

「少し早いですが、誕生日プレゼントを渡してもいいですか?」
「え・・・あ、」

そういえば、明日はオレの誕生日だ。
この間街に出かけたのだって(獄寺君はデートと言うけれど)、
オレの誕生日プレゼントを探すのが目的のようなものだったわけで。
それを途中で怒って帰ってしまったことをまたぶり返しそうになって、慌てて思考を切り替えた。
姿勢を正して座る獄寺君に、オレも獄寺君に向かって座り直す。
少し上の位置にある獄寺君の顔を見上げると、獄寺君はきれいに微笑んで箱のふたをそっと開ける。
中から出てきたのは銀色の指輪。
街で最後に見ていたものとよく似たデザインの、それよりも少し細身のもの。
指輪を取り出して箱をテーブルに置いたあと、指輪を持つ手とは反対の手のひらが、そっとオレの手をすくい上げた。
胸の位置まで持ち上がった手と手。
右手の中指に、白く輝く指輪がはめられる。

「ボンゴレリングとは比べ物にもなりませんが。この指輪が、あらゆる危険からあなたを守りますように」

そう言って、獄寺君はオレの指に光る指輪にそっと口付けた。

「とてもお似合いです、10代目」

オレの指から顔を上げて、獄寺君が微笑んだ。
いつもより大人びたその表情に、一瞬遅れて鼓動が跳ねる。
頬に、まだ触れ合っている手のひらに、口付けられた指に、熱がじわりと広がっていく。


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