「本気で言ってるのか、っておっしゃってましたよね」
「・・・っ、あ、あれはもう忘れて。ごめん、オレが悪かった」

やっぱり気付いてたんだ、獄寺君は、オレが何に対して腹を立てていたのか。
体中に広がっていく熱に、オレの声は弱々しいものになる。

「いいえ、10代目。オレの方が悪いんです。確かに本心を隠していたところはあります」
「え・・・?」

気恥ずかしくて目を逸らせば、聞こえてきた言葉に驚いてすぐに視線を元に戻す。
微笑みながらも困ったように眉を下げている獄寺君と目が合った。

「渋くてかっこよくて素敵だって思ってるのは本当です。
 でも、同じくらい、かわいくて、可憐で、儚くて、やわらかくて、気持ちいいとか、不埒なことも、結構考えてたりするんです。
 10代目は勘の鋭い方だから、それを見抜かれて、怒られたんだと思ってました」

子どもが母親の機嫌を伺いながらいたずらを報告するみたいに、
不安と甘えを混ぜた上目遣いで告げられる。
かわいいってなんだよ。やわらかい、って、なに。
触れている場所がまた急激に熱を持ち始めた。
今、手に触れながらも、獄寺君はそんなことを思っているんだろうか。

「・・・いいですか」
「え・・・?」
「触っても、いいですか」

低くかすれた声が耳に届く。
触れられてもいない耳がじわりと熱くなった。
もう触ってるくせに、なんでそんなこと聞くんだよ。
心の中の意地を張った部分がそんな風に強がりを言った。
だけど心の中の正直な部分が、もっと触ってほしい、と思った。

「・・・いいよ。触って、」

ほしい、という言葉はあまりに恥ずかしすぎて飲み込んでしまった。
オレの手に触れているのとは別の手が、ゆっくりと持ち上がって頬に触れる。
そろりと指先に頬を撫でられて、それまでも十分に熱くなっていた頬が、さらに温度を上げていく。
獄寺君の指にはまる指輪の感触が、ひどく冷たく感じられた。

「10代目、好きです」

指の動きと同じように優しく告げられて、胸がとくりと高鳴った。
恥ずかしくて、息が苦しくて、目をつむってしまいたいけれど我慢して、近づいてくる獄寺君の顔を確認して。
やっぱり我慢できなくて目をつむって、唇が触れる直前に、小さく告げる。

「好き。獄寺君」

唇が重なる前に獄寺君の吐息がかかる。
零した言葉は獄寺君の唇へと吸い込まれていった。
やわらかいものが押し当てられる感触に慌てて口を引き結んだ。
押し当てられた唇が擦り合わされるたびに、背筋をぞくぞくとした感覚が走り抜ける。
頬に触れていた指が耳元をくすぐり、首筋を辿り、結んだ唇がほどけていく。
ちゅ、ちゅ、と唇を啄ばまれて、思わず止めていた息を吐き出せば、
小さく開いた唇の隙間から、そっと舌が入り込んできた。

「っん、ぅ・・・ふ、・・・んぅ」

舌を舐められて、口の中を舐められて、舌をゆっくり絡められて、
ぬるりとした感触に、濡れた音に、じんわりと気持ちが昂っていく。
キスの合間に小さく「甘い」と呟かれた。
それがさっき口にしたココアのせいだと気が付いて、
口の中を舐められているということを感覚だけじゃなくて知覚からも理解して、
どうしようもなく恥ずかしい、それなのにどこかうっとりとするような気分になった。
入ってきたときと同じようにそっと舌が出ていって、はふ、とひとつ息を吐き出す。
熱が引かない頬を添えられたままの手のひらに撫でられて、その心地よさに自分からも擦り寄った。

「10代目・・・」

熱のこもった声に呼ばれる。
そろりと視線を持ち上げると、緑色の瞳にもじわりと熱が灯っていた。

「今夜は、うちに泊まってっていただけませんか」

お伺いを立てるというよりは、決まっている事柄を確認するような響き。
オレの目も、獄寺君に分かるくらい熱を帯びているんだろうか。
優しいだけじゃない、荒っぽさを宿した目を見つめ返して、小さく頷いた。

「電話、借りてもいい?」

キスの余韻でどことなく甘ったるい響きになるのを気恥ずかしく思いながら、
家に連絡を入れるために電話を借りる。
獄寺君家に泊まると言えば、母さんは特に反対もせずに許してくれるだろう。
問題はリボーンだ。
普段ならいざ知らず、今日はリボーンのお遣いで出てきた途中なのに。
なんとか明日から発売の『わがままシェフのパンプキンプリン ハロウィンバージョン』で手が打てないものかと算段しながら、
どうぞ、と差し出された携帯を受け取るときに、獄寺君の指にきらりと光る指輪が目に付いた。
普段から指輪やブレスレットをたくさんつけているからそれまで気がつかなかったけれど、
獄寺君の右手の中指にはまっている銀色の指輪は、この前街で見かけたものだった。

「獄寺君、それ・・・」

指輪から視線を上に向けると、獄寺君の照れた表情。

「はい・・・この間、10代目が見ていた指輪です」

細かい模様が彫りこまれた、幅広の指輪。
ガラス越しに見て想像した通り、獄寺君の指によく似合っていた。

「これも10代目にお似合いだとは思ったんですが、あのあと店を見てみたら、今プレゼントした指輪を見つけまして。
 こっちより細くて10代目の指にはそちらの方が似合うと思って。
 デザインが似てるから、ペアってわけじゃないんですけど、こっちは自分用に買っちまいました」

にかっと白い歯を見せて笑う。
本当に嬉しそうな曇りのない笑顔につられてオレも笑顔になった。

「オレね、あのときその指輪見てたのは、獄寺君に似合いそうだなって思って見てたんだよ」
「え、そうだったんですか?」
「そうだよ。やっぱり、思った通り似合ってるね」

受け取った携帯を横に置いて、獄寺君の右手を手のひらですくう。
さっき獄寺君にされたように、中指にはまっている指輪にそっと口付けた。

「じゅう、だい・・・め」

手のひらの上の指がぴくりと跳ねる。
そんな大げさな反応に恥ずかしくなってしまうけど、勇気を出して顔を上げる。
驚いた表情の獄寺君に顔を寄せて、そっと触れるだけのキスをした。

「獄寺君、プレゼント、ありがとう。大事にするね」

そう言い終わるのと同時に抱きしめられた。
中途半端な体勢だったせいで、完全に獄寺君に寄りかかってしまう。

「嬉しいです。10代目。その指輪、オレだと思ってずっと持っててくださいね」
「・・・もちろん、ずっと持っとくけど、獄寺君本人も、傍にいてくれなきゃ嫌だよ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、肩の近くで告げられる。
オレも同じように、獄寺君の肩に顔を預けて言葉を返した。
たった2日会えないだけで、あんなに寂しくなっちゃうんだ。
指輪だけでは獄寺君の代わりにはならないよ。
顔を動かして獄寺君を見れば、同じように顔をこちらに向けていた。
驚いたような困ったような泣きそうな、複雑な表情でオレを見ている。
なんとなく自分もそんな顔をしているかもしれない、と思いながら、笑いかけると、
獄寺君の表情もふわりととろけて笑顔になった。

「10代目、大好きです。ずっとお傍にいさせてください」
「オレも獄寺君が大好きだよ。もしまたケンカしちゃっても、仲直りして、ずっと傍にいてね」

二人で笑って頷き合って、近くにあった顔をさらに近付けた。
鼻先が触れ合って、目を閉じて、また唇を触れ合わせた。
家に連絡をするまで、もう少しだけ。
閉じ込められていた腕を伸ばして獄寺君の首に回す。
組んだ指に感じる不慣れな指輪の感触が、ひどく心地よかった。





End





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 あとがき
文章目次
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