放課後、今日出された宿題のプリントを持って獄寺君のマンションまでやってきた。
結局獄寺君は6時間目になっても姿を見せなかった。
リボーンなら獄寺君の様子を知っているかと思って聞こうとしても、
こういうときに限ってどこの秘密基地を覗いてみても見つけることができなかった。
悪口のひとつでも言えばすぐに出て来てくれるだろうけど、
そうすればオレがリボーンの姿を確認する前にやっつけられてしまうだろう。
それを思うと怖くてとても実行できなかった。
そんなわけで獄寺君の様子も分からずもやもやとする気分で授業を受けて、
終礼が終わると獄寺君の机の上に置かれたプリントを取って、
心配だからと付いてこようとする女子たちをなんとか撒いてここまでたどり着いた。

昨日のこともあるから、本当は今日、獄寺君と顔を合わせにくいなって思ってた。
だけどオレの気持ちは伝わってないみたいだし、それに無断で学校を休んだのも気になる。
何かの用事で出かけているだけかもしれない。
オレに電話する暇もないくらいに急な用事だったのかも。
でも、もし病気で倒れていたりしたら・・・?
自分の想像に不安になって、肩にかけた鞄のひもをぎゅっとにぎる。
そんな、ことはないと思うけど。

鞄を開けてプリントを入れたファイルを取り出す。
プラスチックで守られていたプリントは折れもなく、配られたときのままだ。
こんなプリント、獄寺君には必要ないかもしれない。
それでもこれを大切に持ってきてしまったのは、何の理由もなく獄寺君の部屋を訪ねる勇気がなかったからだ。
昨日のことを振り返れば、獄寺君がオレのこと友達とか、そんな風に見てくれてないのが分かる。
それなのに、友達みたいに、ただ様子を見にくるなんて、気が引けてできなかった。
ましてやボスの顔をして部下の様子を見にくる、なんてこともできるわけがない。
だけど、それでも何か理由を探してまで家を訪ねて様子を窺おうと思うほどには、獄寺君のことが心配だし、大切だ。
他のクラスメイトにはこんな風には思わない。獄寺君だから気になるんだ。
取り出したファイルを胸に抱いて、なぜだか震えそうになる指をゆっくり伸ばしてチャイムを鳴らす。

ピーンポーン

軽い音が廊下に響く。
どきどきと緊張する胸の音を聞きながら、獄寺君が出てくるのを待った。
・・・けれど。
しばらく待ってみても、ドアの開く気配がない。
むしろ部屋の中で人が動く気配すらない。
以前オレが訪ねたときは、チャイムが鳴り終わらないうちに息を切らしてドアを開けに出て来てくれて、
こんな風にドアの外で待ったことがなかったから、少し不思議に思う。
獄寺君の家を訪ねるときは、約束してたり、事前に連絡していたりするから、
約束も連絡もしていない今日は、反応が遅れて出てくるのに時間がかかっているのかもしれない。
でも、もし病気か何かで倒れていて、出てこれないのだとしたら・・・?
そう考えて、恐る恐る、もう一度チャイムを鳴らした。

ピーンポーン

軽い音が辺りに響く。
部屋の中からも、マンションの廊下からも、チャイムの音が引いたあとは物音ひとつ聞こえない。
しんと静まった空間に、オレ一人だけがここに取り残されてしまった感覚。
その変な感覚にぶるりと体を震わせて、それを振り切るようにドアに向かって声をかけた。

「獄寺君ー?」

チャイムを二度鳴らしても出てこないんだから居ないだろうに、声をかけたって無駄なことだ。
そんな考えもその後すぐに聞こえてきた音に一瞬でかき消される。
カタ、とはじめに小さな音。
ガチャ、バタバタバタ、ガン、

「10代目っ!?」

遠くでドアの開く音、それに続いて廊下を走る音、そして玄関のドアに何かがぶつかる音。
続けて聞こえてきた声に、そのぶつかったものが獄寺君だということが想像できた。

「獄寺君、いるの?」
「は、はい・・・・・」

音を拾うために少しドアに近付いていた体を後ろに戻す。
すぐにドアが開くものだと思っていたけれど、目の前のドアはぴくりとも動かない。
あれ、と思いながらも声をかける。

「今日出た宿題のプリント持ってきたんだけど・・・」

中入れて、とか、何か嫌な言い方かな。
ドア開けて、とかの方がいいかな?
それはそれでちょっと感じ悪いかな。
続ける言葉を考えて言葉を途切れさせると、その間に獄寺君の声が聞こえた。

「わざわざありがとうございます」

なんだか少し鼻声のような気がする。
それともドアを挟んでいるからそんな風に聞こえるんだろうか。

「申し訳ありませんが、郵便受けに入れていただけますか?」
「え・・・?」

獄寺君の言葉に思わず声が出た。
いや、別に。獄寺君と会って何をするつもりでもなかったけど。
獄寺君だって調子悪いみたいだし、無理はさせない方がいい。
ただちょっと大丈夫かなって気になっただけなんだし。
なのに、何でこんなあからさまにがっかりした声出してんの、オレ。みっともない。
昨日の今日で、顔を合わせないで済むならそれでよかったじゃないか。
そんな風に思ってはみても、やっぱり心がちくちくと痛む。
昨日の今日で、わざわざ理由を作って家までやってきたのは、
獄寺君が心配だったからだし、それに、会いたかったからだ。
気持ちは伝わらなくて空振りになってしまったけれど、それでもやっぱり、獄寺君に会いたかったから。
これまで獄寺君はオレと話すときはきちんと顔を見て、目を合わせて話してくれたから、それが普通になってて。
はじめはオレはそれに慣れなくて、恥ずかしくて目を背けたりもしていたけど、今ではきちんと目を見て話せるようになってたから。
顔も見ないまま追い返されるとはさすがに思ってなくて、驚いて、そして少し悲しくなってしまった。

「けっこー酷い風邪なんで、10代目にうつしでもしたら大変なんで・・・すみません」
「そ、そんなに酷いの・・・?」

続いた獄寺君の言葉にそれまでぐだぐだと考えていたこともぱたりと中断する。
顔が見えないせいか、どんどん心配になってくる。

「それだったらもう寝てなきゃだめじゃない?」

すぐに出てこれなかったのも、今まで寝てたからかもしれない。
しつこくチャイムを押さずにすぐに帰ればよかった。
今日連絡がなかったのも、そんなことさえできないくらい具合が悪かったからかもしれない。
それなのに特にも用事もないのに起き上がってこさせて、ほんとオレ、何やってんだよ・・・!
後悔し始めているとまた獄寺君の声が聞こえてくる。

「いえ、あの、もう大分よくなってます。ただ部屋ん中、菌が充満してるかもしれないんで・・・」

菌が充満?
獄寺君の部屋の中で、風邪菌がうようよしてる様子が浮かんできた。
パジャマ姿の獄寺君の後ろに、なぜかカンパンマンのサビルンルンがうようよしているイメージ。
・・・なんだろう、緊迫感がないな。
途端に肩の力が抜けていく。
だけどそんなしょうもない想像をして和んでる場合じゃない。
頭の中のサビルンルンを追い払って、ドアの向こうにいる獄寺君に声をかける。

「明日は学校これそう?」
「・・・はい」
「そっか」

獄寺君の返事にほっとする。

「休んでるとこ邪魔してごめんね。今からまたゆっくり休んで、明日顔見せてね」
「・・・はい」

ほっとして、少し軽くなった気持ちで学校の出来事を付け加えた。

「獄寺君がいないと女子が寂しそうだったし」
「あんな奴ら、どーでもいいんです。どうせ寂しいって言いながらギャーギャー騒いでるんでしょ?」

その通りだった。

「うん。まぁね・・・それに、オレも、ちょっと寂しかったから」

ぽつりと零れた言葉に、獄寺君の返事はない。
この頑丈なドアに阻まれて、獄寺君のところまで届かなかったのかもしれない。
それはそれで構わないけれど、ぴくりともせずにオレと獄寺君を隔て続けるドアを見ていると、言いようのない不安にかられた。

「獄寺君、じゃあまた明日」
「は、はい、10代目お気をつけて。お送りできなくてすみません!」
「そんなのいいんだよ」

聞こえてきた声に安心する。
獄寺君、と呼びかけたのは不安だから。
返事が欲しくて名前を呼ぶ。
女々しい、けど、獄寺君の声が聞こえるとほっとする。
そこにいるってちゃんと分かる。
体調が悪いくせに気を使ってくれる獄寺君に嬉しくなって、すぐに声が明るくなった。
自分でも分かるくらいだから、獄寺君も気付いてるかも。

それまで胸に抱いていたファイルからプリントを取り出して、郵便受けの蓋を開けてそこにそっとプリントを入れる。
もう一度またね、と言ってドアを離れた。
獄寺君の部屋の前から、廊下を一人で歩いていく。
マンションから出ると歩くたびに冷たい空気が体に当たって、体をすくませる。
獄寺君、あったかくして寝てるかな。
さっきまでしゃべっていたというのにすぐにまた獄寺君のことを考えてる。
頬に当たる風は冷たいままだけど、心の中はほんのり温かかった。


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