「何か心当たりあったのか?」

あったよ。大ありだ。全部オレのせいだ。
獄寺君が苦しそうな顔をしてるのも、オレから目を逸らしちゃうのも、オレが変なこと言ったからだ。

「どうしよう」

どうしたらいいんだろう。
オレも知らない振りをして、このまま今までみたいな関係を装っていけばいいのか?
表面上は今までと変わらない、いつも通りの居心地のいい関係を?
でもそんなのは嘘だ。
獄寺君はとても無理をしている。
オレのこと、10代目だボスだって思ってるから、
オレを傷つけないようにして、獄寺君が苦しいのを我慢して、
それなのに、知らない振りをして今までみたいに笑ってなんかいられない。

だからといって離れることもできない。
勝手に仕立て上げられたとはいえ、オレは10代目候補、獄寺君はその右腕になりたいと思ってる。
それにそんなことがなくても、オレは獄寺君から離れたくなんてないよ。
普通の友達だっていいんだ。
オレは獄寺君のことが好きで告白なんてしてしまったけど、
本当は傍にいられれば、それだけでいいんだ。
だけど、ボスと慕う人間からそんなことを言われてしまった獄寺君はどうだろう?
せっかく気づかない振りをしているのに、オレがあのことは忘れて、なんて言ったら余計に気にしてしまう。
今以上に苦しめてしまうかもしれない。
だからってそのままにしておいても、獄寺君はつらいだけだ。
どうしよう、どうしたらいいのか分からない。

「分かんなかったら獄寺に聞いてこいよ」

パンクしそうな頭の中に、山本の声が聞こえてくる。
それに続いてくしゃ、と小さな音が聞こえる。
顔を上げるとパンをひとつ食べ終えた山本が、その袋を丸めているところだった。

「お前ら、相手のこと考えるばっかで自分の考えてること言ってないだろ」

くしゃ、ともう一度音がして、新しい袋が開けられる。
袋の中のパンを取り出しながら、山本が言葉を続けた。

「ツナも獄寺も、相手に言いたいこといっぱいあるくせに、胸ん中に溜め込みすぎなんだよ」
「・・・獄寺君が?」
「ああ。――ツナも、な」

取り出したパンをかじる山本を眺めながら、出来の悪い頭を働かせる。
獄寺君がオレに言いたいこと、オレが獄寺君に言いたいこと。
・・・そんなのもう話しちゃったよ。
自分のことばっか考えて、自分勝手なことを言って、
それで獄寺君につらい思いをさせてる。
オレは山本が言うみたいに相手のこと考えてあげれてないよ。
相手のことばかり考えてるのは、やっぱりオレじゃなくて獄寺君の方だ。
だけど、獄寺君の言いたいことってなんだろう。
オレのことなんてもう面倒見切れない、とか、他のボス候補のところに行く、だとか。
そんな風に、思ってるのかな・・・。

「オレ、言ったよな?お前らは相手のこと考えてばっかだって。
それは獄寺から聞いたことか?ツナが勝手に考えたことじゃないのか?」

沈んでいくオレの表情に、何を考えているのか分かったんだろう。
ほおばっていたパンを飲み込んだあと、山本が声をかけてきた。

「そいつが何考えてるかなんて、そいつにしか分かんねーよ。
想像してたって相手のことなんて分んねえ。相手のことはちゃんと相手に聞かねーとな」

言いながら山本の手はみっつ目のパンの袋を開けている。
その手が止まり、小さく笑いかけられる。

「どうした?」
「――山本は、オレや獄寺君が何考えてるか、分かるの?」

自分の考えてることを見られてるんじゃないかって思うくらいに的を得た言葉に、そんな風に思ってしまう。
山本はオレの考えてること、全部分かってるんじゃないかって。

「いいや?分かんねーよ」
「嘘だ。今オレが考えてること、全部分かってるみたいだよ」
「そうか?・・・でもそれは、オレが今ツナと話をしてるからだぜ。相手の目を見て、話をしてたら、ある程度の察しはつく。
さっきオレが言ったのは、自分の中に作った相手で勝手に自己完結すんな、ってことだ」

自己完結、その言葉にびくりと反応する。
まるで、本当に、オレの考えてること全部分かってるみたいだ。

「・・・で、言いたいこと、見つかったか?」

オレの言いたいこと。
獄寺君のこと好きだけど、だから余計、オレのことで苦しまないでほしい。
気を使ってくれるのは嬉しいけど、だからって獄寺君が無理をするのはいやだ。
一度言葉にしたことは取り消すことなんてできないし、自分の気持ちを取り消したいとは思わないけれど、
今のままにしておきたいとも思わない。
それに山本の言うとおり、オレは獄寺君の口から何も聞いてない。
自分の想像で獄寺君の気持ちを考えてる。
獄寺君が今何を考えているのか、聞いてみないと分からない。
もしかしたらオレが考えているよりももっとオレにとってつらいことになるかもしれないけど、
オレに関係することで悩んでいるのなら一緒に解決していかなくちゃ。
もしオレに関係ないことで悩んでいるのだとしたら、話を聞いて、少しは獄寺君の力になりたい。
まずは獄寺君の話を聞かないと始まらない。

「・・・うん、言いたいことと、聞きたいことも見つかった」
「ん」

にこっ、と優しく笑いかけられる。
それと同時にきゃー、と後ろの方から女子の甲高い悲鳴が聞こえた。

「ツナ、腹減ってる?」

その言葉に首を振って答える。
ごはんから箸を引き抜き、箸箱に入れる。
結局一口も食べなかった弁当にそのまま蓋をして立ち上がった。

「ちょっと、行ってくる」
「おう」

にやりといたずらっぽく笑う山本に背中を押されるようにして教室を出た。
廊下を歩いているうちに昼休み終了のチャイムが鳴る。
階段を上って教室に戻る生徒とは反対に、階段を下りて保健室に向かう。
職員室の前を慌てて通り抜けて、風の吹きつける下足箱の前を通って、
人通りのなくなった廊下を歩き、保健室へと辿り着いた。

遠くでざわざわと人のしゃべる音が聞こえる。
そこから切り離されたようにしんと静まり返った廊下に一人で立って、目の前にある扉を眺めた。
『職員室にいます』と、保健医の所在を示す掛札。
それがシャマルの手によって掛けられたものとなると、途端に信憑性は薄くなる。
けれどシャマルの居場所が不確かだとしても、保健室にいないことは確かだろう。
シャマルがいなくても、獄寺君はここにいるだろうか。
引き戸の取っ手に手をかける。
扉の冷たさが、昨日の獄寺君の部屋のドアを思い出させた。

ガタガタガタ、と軋みながら扉が開く。
真っ白な室内に、人の気配はない。

「失礼します・・・」

一応、声をかけて中に入る。
後ろ手に扉を引くと、やはりガタガタと軋みながら扉が閉まった。
保健室の独特のにおい。
体育の時間にケガが絶えないから、この匂いには馴染みがあった。
白いカーテンに区切られたスペースがみっつ、その中にはひとつずつ、ベッドが並んでいる。
一番奥の窓際のスペースに、人の足が見えた。

「獄寺君・・・?」

小さく呼びかけると、布の擦れる音が聞こえた。
でも、返事はない。
少しずつ近寄って、カーテンの前で足を止める。
そっとカーテンに手を伸ばすと小さな声に呼びかけられた。

「10代目」

やっぱり、獄寺君がいるんだ。
カーテンを掴み、中に入ろうとしたところで再び声が聞こえた。

「それ以上は、入らないでいただけますか」

ぴくりと手が震え、白いカーテンが波のように揺れる。

「・・・なんで」

自分の声が、握り締めたカーテンのように引きつったのが分かる。
やっぱり、変なことを言ってしまったから、もうオレの顔も見たくないっていうんだろうか。

『ツナも獄寺も、相手に言いたいこといっぱいあるくせに、胸ん中に溜め込みすぎなんだよ』

山本に言われた言葉を思い出す。
ここで黙って引き返してしまっては、ここまでやってきた意味がない。
オレは相手に線を引かれてしまうと怖くてそれ以上踏み込むことができない。
だけど、その線を踏み越えてでも知りたいと思う相手がいる。
獄寺君の考えてること、気持ち、心を知りたい。
もう一度手に力を込める。
カーテンが引きつった。

「ここまでなら、いいんだよね」

カーテンの向こうにある気配に話しかける。
近くに来て欲しくないのなら、ここでもいい。
硬く大きなドアを挟めば途端にその姿が見えなくなって不安になるけれど、
この薄い白いカーテンならば、姿は見えないものの、気配はきちんと感じ取れる。
出て行けとは言われてない。
ここでも十分だ。


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