土産売り場はそこそこ繁盛しているようだ。
ロビーから売り場を覗き込むと、店の中は所狭しと商品が並び、その間で人がせせこましく動いている。
通路に面したところには部屋に置いてあったせんべいが積まれていた。
「10代目、これですよね。さっきのせんべい」
「あ、ほんとだ。10枚入りと30枚入りかぁ。10枚じゃ足りないよね・・・」
今10代目の頭の中にはお母様の他にランボやイーピンも浮かんでいるんだろう。
箱を持ち上げて吟味している10代目の隣できょろきょろと辺りを見回す。
10代目以外にはお母様とリボーンさんくらいしか土産を買う人が浮かばない。
このせんべいは10代目がご自宅で食べるものだろうから、他のものを考えなければ。
それにしてもさすが温泉を売りにしてる旅館だ。
せんべいにまんじゅうに、たぶん部屋で食べるんだろう珍味類は豊富にあるが、
こっそり10代目に買っておいて、帰って渡して感動してもらえるようなロマンチックなものがない。
あるとしたらやけにキラキラしたしょぼいキーホルダーくらいだ。
というかこの時代にストラップではなくキーホルダーを揃えているのが驚きだ。
とはいえストラップがあったとしても、10代目は携帯を持っていないからあんまり役には立たないけれど。
近くにあるまんじゅうを手にしてはぁとため息をつく。
「あ、それ山本ん家にいいんじゃない?和風っぽくて」
「じゅ、10代目!」
急に後ろから話しかけられて不必要に驚く。
それに対して10代目は何も言わず、オレの手元を覗き込んだ。
「『温泉に入ってきましたまんじゅう』、そのまんまなネーミングが好きだなぁ」
「そ、そうですか・・・?」
「うん。15個入りで数もちょうどよさそう」
ひとつ買おうか、と陳列されているまんじゅうの箱を持ち上げる10代目。
「あ、山本なんかにはオレが買いますよ」
ボスが部下に土産を買うなんて、もったいないことだ。
オレは慌てて10代目の持っている箱を受け取ろうとしたが、やんわり断られた。
「気にしないでいいよ、母さんからお金もらってきてるし」
そう言われてしまうとそれ以上は食い下がれず、はい、と力なく答える。
ここで10代目が「そう?」とか言ってオレに金を払わせるような人間だったらもっと気が楽だけれども、
部下にも気を配れるところが10代目の優しさであり、いいところだ。
そしてオレはそんな10代目に心底心酔しているんだから、仕方ない。
「10代目はお優しいですね」
「そんなことないよ」
少し照れたように笑う10代目の側にいられて幸せだ。
あ、と小さく10代目が言う。
「どうしました?」
「あれ、ちょっと見に行ってもいい?」
10代目は壁際に陳列された膨大な量の陶器を指差す。
同じような形をしたコップと茶碗が数え切れないくらい並んでいる。
そのものものしい雰囲気に、オレも少し興味を引かれた。
何で同じものをあんなにも並べているんだろう?
その疑問は近寄ってみるとすぐになくなる。
同じものではなくて、違うものだったからこれだけたくさん並べてあるんだ。
「つなよし、あるかなー」
そう言って10代目は「たちつてとー」と言いながら壁伝いに歩いていく。
壁際に陳列されたそれらの陶器には、それぞれ名前が書かれてあって、
あきら、あつし、あらた・・・という風に五十音順に並べられていた。
遠くからでは分からなかったけれど、茶碗と湯飲みのほかに、名前が書かれた箸も置いてある。
もちろんそれは男の名前だけじゃなくて、女の名前もある。
男の名前は青、女の名前はピンクと、非常に分かりやすい色使いだ。
一通り観察し終わったら、10代目の隣に移動する。
「ありましたか?」
しゃがんで探している10代目に中腰で話しかけると、
つかさとつよしの間を見ながら「ない」と一言だけ言う。
「この店潰しましょうか」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!!」
すっと姿勢を戻してダイナマイトを取り出すオレの手を10代目が慌てて引っ張る。
「ですが、10代目の名前がないなんてなめてますよ」
「いいって、こんなことくらいで怒らないでよ!」
「ですが・・・」
「もういいから。ダイナマイトも仕舞う!」
10代目に怒られては従うしかない。
しぶしぶといった感じを隠しもしないでダイナマイトを服の中に戻した。
本当はボスの命令にこんな反応をするなんて部下として無礼もいいとこだけど、
それは10代目が自分の地位の高さをイマイチ理解していないから部下としてちょっと不満があるのと、
オレがそういう態度をしても10代目は笑って許してくれるから、ちょっといい気になってるってのもある。
「つなよしって結構あるんだけどなー。いらないけど、ないならないでちょっとショック」
「やっぱりこの店」
「いいってば!!」
今度は服から手を出す前に止められた。
「はやとはあるみたいだよ」
気分を変えるためだろう、明るく言いながらほら、と
はやとと書かれた茶碗を指差され、何とも言えない気持ちに駆られる。
「申し訳ないっス・・・」
しょんぼりと肩を落とすオレの手をきゅっと握る。
そんなに気にしないで、と笑う10代目の心の広さに救われる。
本当にこの人は、なんて優しいくて大きな人なんだろう。
それだけでオレの心はふわりと浮かんでしまう。
そのまま名前を追っていくと、
名前の後ろにはおとうさん、お父さん、おやじ、パパ、おじいちゃんなどの呼び名が並んでいる。
やたらと父親の呼称が多いのが気になるが、「10代目」がない方がもっと気になる。
そう言うと10代目はやっぱりなんとも言えない絶妙な表情をする。
「10代目なんて、誰が使うんだよ」
「そりゃあもう、10代目ですよ!」
「・・・百歩譲ってオレが使ったとして、オレ以外が使わなかったら売り物にならないよ」
「別にいいんですよ、10代目のためだけにあれば。商売なんて関係ありません」
譲らないオレに少し考えるそぶりを見せて、10代目が言葉を続ける。
「あー・・・でも、ディーノさんも確か10代目だよね?オレとディーノさんのおそろい?」
下からにこりと笑って見上げられて、言葉を飲み込む。
「・・・・・・じゃあ、10代目も、なくていいです」
「分かればよろしい」
微妙に納得がいくようでいかない。
だけどにっこりと笑われてしまえば、それ以上は考えられなくなる。
10代目がこんなに綺麗に微笑んでくれるんだ。他に何がいる。
誰にともなく威張っていると、10代目が話しかけてきた。
「そろそろ晩ごはんがくる頃かな?」
「そうですね・・・結構いい時間潰しになりましたね」
10代目が店内の時計を見て言う。
10代目のご自宅用、山本、笹川、ハルの土産を持ってカウンターに向かう。
お母様・リボーンさん・ランボ・イーピン・アネキ・跳ね馬は、一緒くたになっている。
最後まで10代目が代金を払うと言っていたがやはりどうしても納得がいかず、
オレと10代目で半分ずつ払うということで収まった。
................
前 次
文章目次
戻る