どれくらい歩いただろう。
公園を出たときに時計を見なかったから正確には分からないけれど、
たぶん20分以上は歩いたんじゃないだろうか。
道路沿いにはお店らしいものがほとんどなくて、
たまに自動販売機があるくらいだ。
途中で全品100円というジュースの自動販売機を見つけたけど、
安いだけあってあまりおいしそうなものがなかった。
ちらっと見ただけでもなんだか特異な品揃えなのが見て取れる。
「コーンスープとか飲んでみたい気もするけど、体動かしたあとはちょっとキツイよねー」
「ええ。こっちのおしることかもこの季節にはキツイですね」
「うん・・・もうすぐコンビニだし、やめとこうか」
「そうっスね・・・」
全体的にどろっとした感じの自販機を後にして、
すぐ先にまで近づいたコンビニを目指す。
この辺りは歩道に沿って、ずっと木が植えられている。
葉っぱの間から差し込む太陽の光が綺麗だ。
青々と繁った葉っぱは熱をさえぎって、涼しい空間を作り出している。
風が吹くたびにそよそよと揺れる葉っぱの音を聞きながらゆっくりと歩いた。
木の間を通り抜ける風が獄寺君とつないだ手をさらりと撫でる。
この静かで気持ちのいい場所を獄寺君と一緒に歩くことがとても大切なことのように思えて、
だからいつもよりもゆっくりと、時間をかけて歩いていたのかもしれない。
獄寺君もオレの歩調に合わせて歩いてくれるから、
オレは他のことを考えることなく、
ただこの空間を、この気持ちを、胸いっぱいに味わうことができた。
途中のバス停を中間点に、もう半分歩いたところにコンビニがあった。
それまで雲ひとつなく真っ青に晴れていた空に、いつの間にか雲が広がっていた。
オレたちは急いでコンビニに入ると、ジュースの冷蔵庫の前に向かう。
店の客はオレたち二人だけだった。
確かにこの周りにある大きな建物(?)は一番近くてもあの自然公園で、
最寄の駅はバス停のみ、なんてとこ、お世辞にも客が多いようにも思えない。
天井のスピーカーから店独自の番組が流れている以外は音のない店内で、
獄寺君は普通の大きさの声でしゃべり続けた。
やけに声が響く。
レジでぼんやりしてる店員にも話の内容までしっかり聞こえているんじゃないだろうか。
別にどれにしようかと買うものを選んでるだけの会話だから、聞かれてもどうってことはないんだけど、
なんとなく落ち着かない気分だ。
ジュースを選び終わり、お菓子を見ている間にも、
依然として店内は獄寺君の声と、それより少し小さめのオレの声以外は
店内放送の機械的な声と、たまに外を走る車の音しか聞こえなくて、
まるでオレと獄寺君だけが世界から切り取られたような感覚に陥る。
がさがさと獄寺君がお菓子を手に取る音がやけに現実味を帯びていた。
買い物カゴにジュースとお菓子を入れ終わり、レジに向かう。
久しぶりの客なのだろうか、店員はハッとした様子でオレたちを見ると、
いらっしゃいませと声をかけてからいそいそと台の上に置いたカゴに手をかけた。
バーコードを吸い取って次々に袋の中に入れられるお菓子を見ながら、
このラインナップを見たら山本が笑うだろうなと思う。
そう確信を持って思えるくらい期間限定、地域限定のオンパレード。
「これ、並盛では置いてないんですよ!」
と嬉しそうに言って獄寺君はPOTATOチップス関西だしじょうゆ味をカゴに入れた。
並盛はもちろん、ここも関西じゃないのになんで置いてるんだろう。
地域限定の地域区分がよく分からない。
そんなことを考えながらもカゴを山盛りにしていく獄寺君をほほえましく見てたオレも
一緒にからかわれるのは目に見えてるけど。
最後にPOTATOチップス春塩味が袋に入ったところで
母さんからもらってきたお金で支払いを済ませる。
返ってきたお釣りとレシートをそのままぐしゃりとポケットの中に入れると、
急いでレジの上の袋を掴んだ。
タッチの差で袋を奪い取ると、
店員の「ありがとうございました〜」という、間延びした声を背に受けながらドアに向かう。
「10代目!オレがお持ちしますよ」
獄寺君は手に持った荷物をガサガサ言わせながら慌ててついてくる。
「獄寺君だって1個持ってるじゃん」
隣に並んだ獄寺君の手元をちらりと見る。
二重に入れてもらったビニールの袋の中には1.5Lのジュースが3本入っている。
その隙間には小さめのお菓子が少し入っていた。
「でも、重いでしょう?」
オレの顔色をうかがいながら言う。
いつも思うけど、この身長差でなんで獄寺君はオレに向かって上目遣いができるんだろう?
獄寺君の問いかけに答えずそんなことを考える。
「10代目に重いものを持たせるわけには・・・」
自分こそ重い方を持ってよく言うよ。
オレの方は大きさこそ立派だけど、中身はスカスカ。
お菓子ばかりが入った袋はほとんど重さを感じない。
それにオレだって獄寺君にばっかり荷物を持たせるのは嫌だから、
その言葉にあえて何も返さずに店を出た。
レジからここまでの間ずっとなんだかんだと言い募りながら
獄寺君は袋を渡すようにオレに向かって手を差し出す。
差し出された手をじっと見つめた後、オレはその手を空いている方の手で握る。
「!」
それまでよく動いていた口はぴたりと止まり、
その効果の高さに自分でも驚いた。
「獄寺君が両手に荷物持ったら、手、つなげないよ?」
獄寺君はびっくりした顔をこっちに向けて
口をぱくぱく開けたり閉じたりしている。
何か言いたそうだけど、声にはなってない。
「歩きにくかったら手、放そうか?」
「と、とんでもない!」
急に獄寺君は大きな声をあげ、そして小さく付け加えた。
「このままで・・・」
さっきまでの大きな声とはまるで違う小さな声だったけれど、
しっかりと耳に届いた。
獄寺君からも力をこめられて、しっかりと手を握り合う。
オレのしたことを嫌がらず、そして嬉しそうに受け入れてもらえることが
嬉しくてくすぐったくて、少し恥ずかしい気持ちになって、
気分を変えるように足を上げて歩き始めた。
太陽を半分隠した雲の下で、行きと同じように帰りも手をつないで歩く。
例の自販機まで帰ってきたところで、ぽつり、と水滴が顔にかかった。
空を見上げると雲は分厚くなっていて、灰色のそれは遠くの方まで広がっている。
ぽつり、ぽつりと上を向いた顔に水滴が落ち続けて
コンビニまで戻って傘を買おうか、それともこれくらいなら濡れて帰るか、
そんなことを獄寺君と相談するよりも先に、雨粒が大量に落ちてきた。
ぼつぼつぼつぼつぼつ
それなりに大きな水滴が存在感を持って落ちてくる。
一粒一粒の水滴が肌で認識できるほどの大きな粒で、
これはやばい?と思ったときにはつないだ手を引っ張られた。
「10代目、急ぎましょう!」
辺りはもうすでに水溜りができはじめ、
走るたびにばしゃばしゃと足元で水が跳ねた。
雲から少しだけ顔を出した太陽は力強く光を発し、辺りは明るい。
太陽の光で明るいのに、黒い雲からたくさんの雨が降ってくる不思議な感覚。
通り雨だとは思うけど、一向に止みそうもない。
行きはゆったりとした気持ちで歩いていた木の下を、
今度は慌ただしく駆けていく。
青々とした葉っぱの下で、獄寺君に手を引かれて走る。
生い茂った葉っぱのおかげで少しは雨を防げてはいるんだろうけど、
葉っぱの屋根も難なく押しつぶして落ちてくる雨粒に、次第に服がぐっしょりと濡れてきた。
走るのに合わせてコンビニの袋ががさがさと音を立てる。
木から落ちた雨が服に当たり、袋が揺れるたびに水滴がズボンに跳ねた。
走るたびに水溜りを踏みつけて靴が濡れる。
髪の毛はもちろんすでにシャワーを浴びたようにぺしゃんこになっている。
もうこれ以上濡れようがないほど全身ずぶ濡れで、気持ち悪いはずなのになぜか楽しいと思う。
それは獄寺君が一緒にいるからだ。
オレと同じように片手に袋を提げて、力強い手でオレを引っ張ってくれる。
服も体もずぶ濡れ。
髪の毛は雨に濡れて、走るたびに雨粒を跳ねさせる。
跳ねた雨粒が太陽の光を吸収してきらきらと光るのがとてもきれいだ。
しばらく走っていたけれど雨は止まず、
たまに車道を走る車はものすごい勢いで水溜りの水を巻き上げる。
幸いこっち側には飛んでこなかったけど、
巻き上げられた水の高さは俺たちの身長を遥かに超えていて、
向こう側を歩いていたら今度は濡れるだけじゃなくて泥で汚れてしまうところだった。
「獄寺君、見た?今の。水がものすごい・・・わっ」
車道を見ながら走っていたから、獄寺君が急に立ち止まったのに気付かなかった。
オレはそのままの勢いで獄寺君の背中にぶつかって急停止した。
顔に触れた服はぐしゃりと濡れた感触。
本当に、濡れてないところがないってこういうことだ。
「ごめん、獄寺君・・・どうしたの?」
くっついた体を離して獄寺君を見上げると、
獄寺君はゆっくりとオレに向き直った。
「10代目、雨もなかなか止みませんし」
「うん」
獄寺君がいったん言葉を区切るので、相槌を打つ。
確かに雨はさっきと同じようにざあざあと勢いよく降り続いている。
「ここで雨宿りして行きません?」
その言葉でようやく前方に何かがあることに気付く。
よく見れば獄寺君の肩越しには、なにやら古ぼけた建物が見えた。
やけにレトロな造り、そしてみょうちきりんな色合い。
英語が出来ないオレにだって分かる。
HOTELと大きく書かれたその建物は、いわゆる、そういう、ホテルだった。
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