どしゃ降りの中で見つけた雨宿りできる場所、
それはよりによって、ピンク色をしたホテルだった。
薄いピンク色の壁に、濃いピンク色の屋根。
そこに蛍光ピンクの「HOTEL」の文字。
悪趣味にもほどがある。
緑が多く、見所は大きな自然公園。
その他はのどかな田んぼが広がっていて、
建物はといえば民家と学校くらいなもので。
その真ん中にこのホテルは我が物顔で建っているのだ。
景色を損ねているとか町から苦情が来ないのだろうかと少し心配になるほどだ。
仕方なく、本当に仕方なく、その軒先に入る。
止みそうにない雨を眺めながら、小さくため息をついた。
ざあざあと雨の音がする。
それ以外は本当に静かで、ここで雨宿りを始めてから今まで、車は一台も通っていない。
たまにオレたちと同じように傘を持たない人が通りかかったけれど、
ちらりとこちらを伺うだけで、入ってきて一緒に雨宿りするような人は現れなかった。
やけにぎらぎら輝いている太陽が今度は恨めしくなってきた。
顔を出してるんなら雨雲くらいどっかに吹き飛ばしてくれよ。
さっきまでとは打って変わった刺々しい態度。
ラブホテルの軒先で雨宿りなんてしてたら心の中もやさぐれてもくる。
もうこれだけ濡れてるんだから、これ以上だって関係ない。
オレだって獄寺君に引っ張られなければ、
さっきのサラリーマンみたいに雨の中を走り続けていただろう。
と、そこまで考えてその獄寺君が隣にいないことに気付いた。
「・・・獄寺君?」
今まで一度も入ったことも、近づいたことさえないところで
雨がぎりぎり当たらない、できるだけ歩道に近いところに立っているのが精一杯で
中の様子を伺うどころかちらりとも見ずに中に背を向けて立っていたけれど、
ここでようやく恐る恐る獄寺君の名前を呼びながら後ろを振り返ってみた。
薄暗い廊下の少し先に、獄寺君の姿を見つける。
オレの小さな声に気付き振り返ると、大きな声で話しかけてきた。
「10代目、そんなとこに立ってたら雨に当たりますよ!」
それにオレは慌てふためいた。
ここにいるってだけでびくびくしてるのに、誰かに見つかりでもしたらどうするんだ。
こんな地元から離れたところで知り合いに会う確率はとてつもなく低いだろうけど、
知り合いじゃない人にだって見られたくはない姿だ。
「オレがラブホテルに入った」という事実は、人に知られたくない出来事なのだ。
それでも獄寺君はオレの気持ちなんてお構いなしにぶんぶんと手を振ってオレを呼ぶ。
「10代目〜!10代目はどの部屋がいいですか〜?」
「部屋っ!!?」
その言葉にはさすがにオレも大声を出してしまう。
何言ってるんだ獄寺君は。
ここには雨宿りのために軒下を借りてるだけのはずだろう?
部屋ってそんな、宿泊するわけでもないのに。
慌てて獄寺君の元に駆け寄ると、獄寺君はにこりと笑いながらボードを指差した。
「オレはこの部屋なんかがよさそうだと思うんですけど」
その言葉から察するに、そのボードには部屋に関することが書いてあるんだろう。
視界の端に映る部屋の写真らしきものを意識して見ないようにしながら獄寺君に視線を合わせる。
「なんで部屋とか勝手に決めようとしてんの!?」
オレはまだ興奮していて自分が大声を出すのを抑えられない。
そんなオレの顔をきょとんと見た獄寺君はそれから少ししょんぼりして
「すみません・・・10代目のお好きな部屋を選んでください」
と、変な方向でオレに伺いを立てる。
「そうじゃなくて!」
ここでやっと自分の声の大きさに気付いて、
気持ちを落ち着けるために大きく息を吐いた。
「・・・そうじゃなくて、ここには雨宿りに来ただけだろう?なんで部屋なんか選ぶ必要があるんだよ」
獄寺君はしょんぼりした顔をまた笑顔にして言う。
「だって10代目、ここホテルですよ?」
だから?とオレは思った。
オレと獄寺君の脳みそには明らかな差があるけれど、
獄寺君が考えてることなんて、絶対変なことだってオレにだって分かる。
胡散臭そうな顔をするオレに、獄寺君は少し真剣な顔をして続けた。
「風呂だってドライヤーだって、たぶん乾燥機とかもありますよ」
そこまで言われて、あ、と気付いた。
「たぶんまだ雨は止まないと思うので、雨宿りしてる間に服と髪を乾かしましょう?」
そう言われても、やっぱり気がすすまない。
いくら濡れた服や体を乾かすのに都合がいいからといって、
ここの本来の利用目的を考えると簡単には利用する気になれなかった。
それに。
「オレ、お金持ってないよ」
入ったことがないから分からないし、
外の看板も中の様子もなるべく見ないようにしていたせいで、
ここを使うのにどれくらいお金がいるのか見当もつかない。
でもホテルというからには高いんだろう、と思う。
母さんからもらったお金はもう小銭しか残ってない。
「大丈夫です。オレが持ってます」
にこ、とオレの最後の抵抗もあっさり返されてしまった。
それでもなかなか足の動かないオレに獄寺君はまた表情を真剣なものに戻した。
「気が進まないのは分かります。ですが、10代目」
言葉を区切り、獄寺君の目がまっすぐにオレの目を捉えた。
「オレと一緒にいる時に10代目に風邪を引かせるなんてこと、できません」
まっすぐな瞳にどきりとする。
オレのことを一番に思い、真剣な想いをぶつけてくれる。
オレのことをこんなに真剣に想ってくれる人なんて今まで母さん以外にいなかった。
それが獄寺君は時には自分のことを投げ打ってまでオレのことを大切にしてくれる。
だからこの言葉だって純粋にオレのことを心配して言ってくれてるんだって信じられた。
澄んだ緑色の瞳を見つめ返して、分かった、と小さく答えた。
「10代目・・・!」
嬉しそうに言う獄寺君を見ると不思議な感じがする。
だってオレのことを真剣に考えてくれる人がいて、
オレが嬉しいのは分かるけど、獄寺君がそんな嬉しそうな顔をするのが不思議だ。
でも獄寺君の嬉しそうな顔を見てるとオレもまた嬉しくなる。
人を好きだっていうのは、こういうことなのかなと思う。
「じゃあ部屋なんですけど、さっきオレが見てた部屋でいいですか?」
打って変わって明るい調子の声で言う。
体はボードの方に向き直っていた。
「・・・どこでもいいよ」
さっきまでとのギャップにがっくりしながら力なく答える。
まぁ、こういうところも獄寺君らしいけど・・・。
獄寺君がカウンターで手続きをしている間にこっそりボードを眺める。
恥ずかしいとは思うけれど、興味がないわけではない。
部屋を利用する決心がついてしまえば、部屋の写真を眺めるくらいなんでもないことのように思えた。
そこには何種類もの部屋の写真があって、その横に写真では分かりにくい、詳しい部屋の内装が書かれていた。
同じ種類の部屋がそれぞれいくつかあるようで、好きな部屋を選べるそうだ。
ここの外装と同じくピンクで染められた部屋や、一見普通に見えるけどハート型の変なベッドとか、
何に使うのかよく分からない器具のある部屋など、色んな種類があった。
一番上のピンク色の部屋が「大人気!」だそうで、世の中と自分にズレを感じる。
へぇー、と関心していると、後ろから声をかけられた。
「10代目、お待たせしました。部屋に行きましょう」
「あ、うん」
答えながら獄寺君と写真を見比べる。
「10代目?」
獄寺君ならあの器具を何に使うのかとか知ってそうだけど、
やっぱり聞かないほうが身のためかな、と思い直した。
「いや、いい」
「?」
少し腑に落ちない顔をした獄寺君の後について薄暗い廊下を歩いた。
もちろんビニール袋をがさがさ言わせながら、水滴をぽたぽた落としながら。
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