シャワーを浴びて体の水分を拭いてから、置いてあったバスローブに袖を通す。
バスローブなんて初めて着たけど、たぶんこの紐を結んだらいいんだろ。
不器用なオレはしばらく紐と格闘し、やっとのことで蝶々結びを完成させたときには
合わせ目がゆるゆるでちょっと心もとない感じに仕上がってしまったけど、
もう一度やる気にもならないし、何より獄寺君を待たせているから、
そのまま獄寺君がいるだろう奥の部屋へと向かった。
「獄寺君、お待たせ」
ベッドに座って窓の外を見ている獄寺君に声をかけた。
獄寺君もバスローブを身に着けていて、なんだか変な感じだ。
バスローブを着てベッドに座っている獄寺君にそんな言葉をかけるのは気恥ずかしかったけれど、
他に適当な言葉が見つからなかったので仕方ない。
獄寺君はオレの声に「はい」と返事をして振り返ると、立ち上がり、オレの方へ歩いてくる。
「失礼して、シャワー浴びてきます」
「う、うん・・・」
オレの方に向かいながらそう言われ、
なんて返事をしたらいいのかよく分からなかったからとりあえず頷いた。
獄寺君とすれ違うとき、思わず目を閉じてしまう。
シャワーを浴びただけにしてはやけに体が熱い。
何かを期待してるような自分。
体の奥がむずむずする。変な感じ。
獄寺君が風呂場の扉を閉める音が聞こえてから、オレは大きく息を吐いた。
息と共に体の力も抜いて、部屋の中を見回した。
ベッドや壁の色と形も普通で、変な道具も置いてない。
拍子抜けしたようなほっとしたような気持ちでさっき獄寺君が座っていたところまで移動する。
部屋の中には大きなベッドがひとつだけ置いてあって、
やっぱりそういう目的の場所なんだということを意識させた。
壁際に置かれたテレビや、ベッドの近くの戸棚とか、
色々見て回るところはあったけど、動き回る気分でもなかったのでおとなしくベッドに座る。
普通の友達と成り行きでこんなところに入ったら、一緒に部屋の中をいじくり回してみるだろうけど、
一緒にいるのが獄寺君だと思うととてもそんなバカらしいことをしていられない。
自分の気持ちを落ち着けるので精一杯だ。
そう、気分が落ち着かなくてそわそわしてる。
下手に動くこともできないし、くつろぐことなんてもっとできない。
風呂場の方に背を向けて、窓の外を見つめてなんとか落ち着くようにがんばってみる。
だけど後ろからシャワーの音が聞こえてくれば、落ち着くことなんてできるはずがなかった。
大きめの窓にはレースのカーテンが二重に引かれてあって、部屋をほの暗くしている。
こっちからは外の様子が分かるけど、たぶん向こうからは部屋の中は見えないはずだ。
この明るさもいけない。
昼とも夜ともつかない薄暗い空間も、オレを落ち着かなくさせる原因だ。
はぁ、とひとつ大きく深呼吸をする。
そうすると余計に胸が苦しくなって逆効果だった。
なるべく気持ちを落ち着けるように何も考えないように、窓の外に目を向ける。
部屋の中のものはオレを落ち着かなくさせるものばかりだった。
ベッドもバスローブも裸足でスリッパを履いてるのも、落ち着かない。
シャワーの音が止まり、しばらくしてぱたんと二回、扉の開く音と閉まる音が聞こえた。
ピ、ピ、と小さく音が聞こえる。乾燥機を操作しているんだろう。
それからタオルで体を拭く音、バスローブを広げる音・・・。
背中に目があるみたいに向こうの様子が分かる。
それくらい、聞こえてくる音に神経を集中させていた。
パチ、
と風呂場の電気を消す音がやけに大きく部屋に響いた。
それは本当に小さな音だったんだろうけど、オレは飛び上がりそうなくらい驚いた。
どきどきと心臓が騒ぎ出す。
床とスリッパがかすかに音を立てて、獄寺君が部屋に入ってくるのが分かった。
ざわざわと胸がざわめく。
「10代目、お待たせしました」
「う、うん・・・」
待ってなんかない。
獄寺君が近づくたび、心臓がどくどくと大きな音を立てる。
これ以上はないって思っていても、獄寺君が近づくたびに心臓の音はどんどん大きくなってくる。
「まだ、雨止みませんか」
どきん、とひときわ大きく心臓が鳴った。
オレの横まで来た獄寺君は立ったまま窓の外を見て言う。
オレは今まで窓の外に目を向けていたのに、外のことなんて見えてなかった。
何も答えられずに獄寺君を見上げる。
バスローブを身にまとって、手には乾いた新しいタオルを持っていた。
しっとりと濡れた銀色の髪はきらきらと光り、オレの胸を締め付けた。
「10代目、髪の毛ちゃんと乾かしましたか?」
そう言ってオレを振り返ると、手に持っていたタオルを広げてオレの頭にかぶせてくれた。
タオル越しに獄寺君の体温を感じる。
うなじを撫で上げる獄寺君の指にぞくりとした。
そろりと獄寺君を見ると、真剣な眼差しにぶつかった。
目が合って、何も言えなくて、ただただその目を見つめ返した。
「・・・そんな目でオレを見る10代目が悪いんですよ」
そう言うと獄寺君の唇が降りてきた。
唇が重なり、そのままゆっくりとベッドに押し倒される。
頭にかぶせられたタオルはぱさりと乾いた音を立ててベッドの上へと落ちていった。
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