「あ、これこの前テレビでやってたやつだ」

画面に流れる映像を見て、10代目はそう呟いた。

「そうなんスか?」
「うん、なんかめちゃめちゃ怖いらしいよ、これ。うちはランボが別のチャンネルまわしてたせいで見れなかったけど」
「アホ牛め・・・今度果たしておきます」
「いや、いいって。偶然だけどビデオ借りれたんだし。・・・ていうか怖いなぁ・・・心の準備しないうちにここまで見ちゃったけど・・・」

番組のはじめは出演者による恐怖体験を語るコーナーだ。
ロケ先の古寺に始まり、旅行先のホテル、身近な都営地下鉄での体験談もあり、なかなかひやりとする。

「消しますか?」

見る気がないものを無理に見る必要もないだろう。
番組はCMを挟んで視聴者からの心霊写真の投稿コーナーへと移る。
1枚目の写真は写真の全体に光の斑点があるというものだった。
ワーワーと騒ぐ出演者とスタジオの観覧者。
こんなもの、レンズにホコリがついている、ただのシロウトの撮った写真だ。
心霊写真でもなんでもない。
しらけた気持ちで見ていると、10代目がぽつりと声を出した

「や、心霊写真は、ちょっと見たい・・・」
「そうですか」

肝試しのときのように、怖いものを自分が体験するのは苦手だけれど、
テレビなどで見るのはお好きらしい。
それとも怖いもの見たさというやつだろうか。
怖いような、楽しいような、興味深い様子で番組を見ている。
たまに驚いて目を大きく開く姿も愛らしい。
テレビよりも10代目のことを見ている割合が多くなってきた頃、
10代目の体がそれまでと違ってびくりと大きく跳ねた。
その様子にオレも意識をテレビへ向けてみると、
そこに写っていたのは海水浴を楽しむ家族というありふれた写真だった。
しかしよく見てみると、その家族の背後、空を覆う雲が男の顔になっている。
確かにこれは、ホコリや指や太陽の光が写ったものではない。
物理的なトリックでは説明できない、
このコーナーの最後にしてはじめての本物の心霊写真にごくりとのどを鳴らす。
胡散臭い霊能者が語るこの男の死因やこの世への未練なんてものを聞きながら、
そんなことよりこの写真を早く除霊して焼き捨てろと心中で罵った。

「獄寺君でもやっぱ幽霊は怖いんだ」
「・・・はい。腹立たしいことにアイツらにはダイナマイトもピストルも効きませんからね・・・」
「うん、まぁ・・・そうだよね・・・」

10代目と話している間に画面の下の方に字幕が出た。
このコーナーで紹介した心霊写真はすべて、収録後に除霊して焼き捨てたそうだ。
それを確認してほっとため息をついているうちに、次のコーナーの予告をしてCMに移った。
番組の半分ほどを見ただろうか、テーブルの上にあるコップは空になっている。

「おかわり、入れてきましょうか」

そう言って立ち上がろうとすると、10代目が慌てた様子でシャツの裾を引っ張ってきた。

「・・・ぁ、・・・おかわり、いらないから・・・」

おろおろという風に声を出す10代目に、なんとなく察する。
心霊番組の途中で一人になりたくないのだろう。
ビデオは一度停止にしておけば進まないのに。
そうは思ったが、10代目がオレを頼りにしてくれているのだと思うと嬉しくて、
普段頼りにされていると感じるときとはまた違うくすぐったさも感じたから
なにも言わずに浮かした腰をもう一度ソファへと下ろした。
そのうちCMも明けて次のコーナーが始まった。
次は視聴者の恐怖体験を再現したドラマだ。
役者の動きのぎこちなさは目に余るものの、効果音やBGM、特殊メイクなどはなかなかうまく、
作り物だと分かっていてもときおりびくりと驚いてしまった。

「・・・っ!」

10代目の息を呑む声が聞こえる。
シャツを掴んだ手は離すタイミングを失って、そのままだ。
もちろんこちらから離させることなどない。
掴まれたシャツが10代目が驚くたびに引っ張られてなんとなくくすぐったい。
けれど10代目の方はそれどころではないらしく、
シャツを握りしめる手は硬くなっていくばかりだ。
ぎゅう、とシャツを握りしめながら、その視線はずっとテレビへと向けられている。
息を呑む様子、体が硬く縮こまり、目を見張って、驚いて震える。
テレビに対してうらやましく思ったり、10代目の様子をかわいらしく思ったり、
その不安を取り除いて差し上げたくなったり、
いろいろな思いが混ざり合い、でも結局は、ただ、10代目に触れたいと思う。
震えるまつげ、驚きに声を上げる唇はすぐにきゅっと引き結ばれる。触れたい。
テレビの音なんてもう聞こえない。
意識のすべてが10代目であふれていく。
触れたい、という気持ちでいっぱいになった。


 >ぎゅっ、と10代目を抱きしめる
 >我慢する


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