まんまるの頭の上からひょっこり立ち上がる結ばれた髪の毛。
中華風の服を着た小さな女の子はうちの居候の一人、イーピンだ。
イーピンと瓜は花屋の店先に並んで色とりどりの花を眺めている。
将来有望なマフィアという物騒なランキングにランクインしているものの、
甘いケーキも好きだし、きれいな花も好きなのはやっぱり女の子なんだなと思う。
「イーピン、瓜」
声をかけるとイーピンがこちらを見上げ、笑顔を見せる。
瓜はといえばオレや獄寺君に気づいているのかいないのか、じっと店の中を見つめたままだ。
一人と一匹の後ろに立って店の中を見渡せば、いろんな色の花が咲いている。
バケツに入った切花のほかに、鉢植えのもの、かわいい形の置物にまとめられたインテリア用のものもあった。
普段気にも留めずに通り過ぎる店内を興味深く眺めていれば、
一点に集中している瓜の視線に気がついた。
茎がくねくねと曲がりくねって、一番上には赤に近い紫色のねこじゃらしのようなつんつんとした丸いものがついている。
店の人が台の近くにそれの入ったバケツを移動させ、
それと花をいくつかまとめて新聞紙に包んでいく様子を瓜はじっと見つめている。
くねくねのねこじゃらしがバケツから台の上へと移動するたび、瓜の顔が視線ごと動いている。
猫ってほんとああいうのが好きなんだなぁって眺めていれば、獄寺君が教えてくれた。
「あれはチャイブですね。ねぎの仲間です」
「ねぎ?野菜の?」
「はい。上の丸いとげとげが花です。普通は茎もまっすぐなんですけど、生け花用に曲げて作ってあるんでしょうね」
「へぇー」
前に一緒に見たアニメで侍型のロボットが八百屋の大将に葱坊主と呼ばれているのが
このためだと教えられ、なるほどと納得した。
あのちょんまげの部分が確かにこれと似ている。
不思議な花もあるんだなぁと関心していると、今度はイーピンが別の花に見入っていた。
こちらは青に近い紫色で、花びらの分かりやすい、花らしい花。
バケツの中に花と一緒にささっている値札を見れば、「桔梗」と書かれていた。
「イーピンはあの花が好きなのか?」
いかにも日本の美、という和風の花は、他の花とは違って故郷を想いやすいのだろうか。
そんな風に思いながらイーピンを見れば、なぜかほっぺたを赤く染めている。
見つめるうちにほっぺたの赤みはじりじりと増し、頭のてっぺんからは汗が一筋たらりと流れた。
・・・まずい。この照れ方は非常にまずい。
なにがいけなかったのかは分からないが、
これ以上この話をつっついては恥ずかしさに爆発されてしまう。
超直感で感じ取ったオレは慌てて話題を変えようとした。
「そっ、そういえばバラは置いてないね」
花屋という場所でオレが他の話題を見つけられるわけもなく、
とっさに入院したときに獄寺君から白いバラをもらったことを思い出した。
「そうですね・・・バラの時期は6月と9月ですから・・・今度の10代目の誕生日には赤いバラを贈りますから、それまで待っていただけますか?」
「え、あ・・・いいよ、そういう意味で言ったんじゃないから・・・!」
誕生日に花なんてもらっても恥ずかしいし困る。
それに獄寺君が花を贈るときって、なんだか過大な演出つきでものすごく照れそうだ。
これも特に根拠はないただの直感だったんだけど、実は結構的を得た直感だったとすぐに知ることになる。
白いバラをもらったときも自分の血で赤く染めてきたくらいだしな・・・。
「最近オレ、バラじゃなくて白梅も10代目に贈りたいなって思ってるんですけど、これも時期じゃなくて見つけられないんですよね」
「白、梅?」
「はい。高潔とか気高いっていう花言葉なんですけど、10代目にぴったりじゃありませんか?あと忠実って花言葉もあって、オレと10代目のためにあるような花だと思うんです!」
「うわぁ」
オレは恥ずかしくて思わずうめいた。
この人はなんで恥ずかしげもなくそんなことが言えるんだろう!
夏の暑さだけじゃなくぐいぐいと上がっていく体温にまいってしまう。
恥ずかしくてくらくらしてしまう。
「10代目」
暑さと恥ずかしさで煮立ってふらふらしていると、
いつの間にやら獄寺君はきれいにラッピングされた花を手にしていた。
長い茎に小さな花がたくさんついた、名前も知らない水色の花。
花の色はさっき二人で食べていたソーダ味のアイスと同じ色だ。
「どうぞ」
そう、笑顔と一緒に手渡され、思わずそのまま受け取ってしまった。
二本の花をピンクの紙とセロファンで包んだ小さな花束。
花の茎が長いので、花束自体は小さいけれど両手で抱えるように持っていれば、獄寺君はいきなりその場にひざまづいた。
こんな道の真ん中で花を贈られてひざまづかれるという経験がないオレは盛大にうろたえる。
「ご、獄寺君・・・!」
「オレはあなたと共に過ごして幸せばかりをいただいています。これからもどうかお傍に置いてください、オレの愛しい、運命の人」
花束に添えていた手の片方を取られ、その手の甲に口づけられる。
押し当てられた唇のやわらかさに、その熱に、じんわりと痺れるような熱が駆け抜ける。
くしゃり、と花束を抱いた腕に力が入り、セロファンが折れる音がする。
「ごく、で、らく・・・」
息を呑むほどのきれいな動作に思わずうっとりしてしまい、なにも言うことができなくなる。
獄寺君の指先と触れ合う指先から、くすぐったさとも違う震えが走った。
ひくりと小さく体を震わせると、ひしっ、と足にしがみつくものがあった。
獄寺君の作る空気に呑まれながら、ぼんやり、足元へと視線を移せば、
ちょろりと頭のてっぺんで髪を結んだ、丸い、たまご型の頭が目に映った。
「・・・?」
丸い頭を見ていると、その額の部分に描かれた模様がくるくると変わっていく。
9つあったものが8つへ、8つが7つへ、一秒ごとに入れ替わるそれに、はたと思い至る。
「ご、獄寺君!イーピン投げて・・・!」
夢見心地な気分から覚醒し、視界も思考もクリアになった。
そんな中で分かることは、今とても危険な状況だということだ。
「はい、10代目っ!お任せください!!」
オレの言葉に心得たとばかりに頷いて、
獄寺君はオレの足にしがみついていたイーピンを引き剥がすと
そのまま思い切りよく勢いよく、上空へと投げ放った。
ドゴォォォオオオオン・・・!!
すさまじい爆音と光が空から降ってくる。
オレと獄寺君と瓜は空を眺めながらしばらく無言だった。
もう少しうっとりしている時間が長ければ、あの爆発に巻き込まれていたかもしれない。
ごくり、と息を呑んでいると、この雰囲気に似合わない軽快な電子音が響き始めた。
聞き覚えのあるそれは獄寺君の携帯電話の着信音だ。
「あ、獄寺君、電話・・・」
「はい、すみません、10代目。失礼しますね」
オレに断ってから獄寺君が携帯を取り出しているうちに、
爆発し終えたイーピンがとことこと戻ってきた。
オレの姿を認めてにこりと笑うイーピンにオレもへらりと笑いかける。
あれだけの大爆発を起こしたというのに当の本人はすっきりしたものだ。
瓜が元のとおり花屋の中を覗き、イーピンが恥ずかしさからではなくオレの横に立ったとき、
電話に出て相手を確認した獄寺君がぴんときれいに背筋を伸ばした。
「もしもし・・・っ、お、お母様・・・!はい、いらっしゃいます。代わりましょうか?え?はい、・・・はい」
その態度と言葉から、かかってきたのが母さんからだということが分かった。
電話の向こうの母さんの言葉に何度か頷き、獄寺君は電話を切った。
「10代目、お母様からでした」
「うん。なんて?」
「町内会の集まりが長引くそうで、
>洗濯物を取り込んでほしいとのことです」
>晩ごはんの弁当を買ってきてほしいとのことです」
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