オレの分からないところが多いせいで、獄寺君は教科書を開いてから1時間ちょっと、しゃべり通しだ。
オレが問題を解いている時に静かにジュースで喉を潤す獄寺君が大人っぽくて、
ノートから顔を上げてこっそり覗き見た。
ジュースが喉を降りていく時に動く喉仏を見ていると、なんだか妙にどきどきする。
コップを置いてこっちを見た獄寺君と目が合って、慌てて顔を下に向ける。
問題も解かずに獄寺君を見ていたら、変に思われただろうか?
そんな心配は杞憂に終わったようで。

「何か分からないところがありますか?」

問題が解けないと思ったのだろう、ノートを見ながら聞いてきた。


次の化学式が成り立つように数字を書き込みなさい。
 1. H2O = H + O


とりあえず問題を読んでみても、まったく意味が分からない。
さっき教えてもらったばっかりなのに悪いなあって思いながら、ごめんと謝ってまた説明してもらった。

「この、右と左の同じ記号が、同じ数にならないといけないんです」
「うん」
「Oの数は、何個ずつありますか?」
「ひとつずつ」
「そうです。でも、OはH2Oみたいに何かとくっついてる時はひとつでもいいんですけど、
 Oだけの場合はO2っていう風に、ふたつセットじゃないと駄目でしたよね」
「あ・・・そっか」
「となると、右のOの後ろに2がつきますよね」
「うん」
「そうしたら、左にもOがふたつないといけませんから・・・どうなりますか?」
「えっと・・・・・2H2O・・・?」
「その通りです。次にHですが、2H2Oの中には、Hは何個ありますか?」
「・・・4個?」
「そうです。それでは右のHを4個にするには、どうしたらいいですか?」
「・・・・・2H2?」
「正解です」

にっこりと笑う獄寺君につられてこちらも笑い返す。
獄寺君の指先を目で追いながら説明を聞くと簡単に解けてしまうのに、
一人で考えると途端に難しくなるのは何でだろう。

「じゃあ、次はこの問題を解いてみて下さい」

今解いた問題よりも記号の種類が多い化学式をげっそりと眺めながらうなずいた。



何でH2O=H2+Oみたいに、簡単に分けてしまうことができないんだろう。
複雑に混ざり合って釣り合いを保っているそれは、オレの心の中みたいだ。
怖い気持ちや嬉しい気持ち、くすぐったい気持ちと不安な気持ち。
いろんなものが絡み合って、ひとつのものを形成している。
その答えを導いてくれるのは、この問題と同じように、やっぱり獄寺君なのだろうか。
化学式の計算を一通り終わらせて顔を上げると、獄寺君と目が合った。
いつもの笑顔で「全部合ってます」と言いながら、
「じゃあ次は加水分解の問題をしましょうか」なんて言う獄寺君の態度が何だかそっけなく感じられて。

「全部合ってたんだから、ごほうびちょうだい」

思わずそんな言葉が口を突いて出た。
突然のオレの言葉に驚いたように目を見開く獄寺君を見て、気恥ずかしくなってきた。
言わなきゃよかったかなぁと少し後悔し始めた時、獄寺君が口を開いた。

「何がいいですか?明日用意しておきます」

にっこり笑って、わがままを叶えてくれるというのなら。

「今欲しい」

困ったように笑って、

「・・・オレ、差し上げられるようなもの、何も持ってきてないんですよ」

オレの望むものをくれるというのなら。

「キスして」

嫌だって言われたらどうしよう。
そんなことできません、とか、獄寺君なら言いそうだ。
そもそも何でそんなことを言ってしまったんだっけ。
すごく、恥ずかしいんだけど。
ぐるぐると考えていると、獄寺君の顔が近づいてきた。
キスしてくれるんだ・・・なんて、ぼんやり考えていると、少し気まずそうな顔をした獄寺君がつぶやく。

「あの・・・目、つぶってもらえませんか?」
「ごほうびなんだから、好きなようにさせてよ」
「・・・分かりました」

それ以上は何も言わず、獄寺君が目を閉じた。
ゆっくりと重なってくる唇。
やわらかいものが押し当てられる感触にうっとりする。
目の前にある獄寺君の顔を観察すると、きつい視線が隠れたことで、普段よりも優しい顔つきになってる。
閉じられた瞼はまつげの長さを強調していて、唇が動くのと一緒に揺れて、なんだかくすぐったい気持ちになる。
後ろをはねさせた薄い茶髪に手を絡ませて口を開くと、あたたかい舌が入り込んでくる。
獄寺君の髪をかき上げて現れた耳に指を這わせると、舌を吸われた。

「ん・・・ふぅっ・・・」

あんまり自分では聞きたくない甘ったるい声を出してしまって、思わず目を閉じた。
獄寺君が、オレの手に顔を寄せるようにして移動する。
固定したオレの手は耳から首筋へと流れた。
オレがいじっていた耳と向かい側のオレの耳を、獄寺君が舐める。
びくりと震える感覚は、すくませた肩からも、首筋をたどる指先からも、相手へと伝えてしまう。

「10代目・・・オレも、ちゃんとお教えできたごほうび、欲しいんですけど」
「・・・っ、何・・・?」

耳に吹きかけられた吐息にぞくぞくする。
視線を横に移して獄寺君を見ると、いたずらっぽい顔でこう言った。

「ずっとしゃべっていて、喉が渇きました」

斜めに傾く体を支えていた腕が、片方オレのズボンに伸びてきて、そろりと前をなでた。

「・・・飲ませてもらっても、いいですか?」
「ッ・・・」

何を、とは、さすがに聞けない。
聞いたら絶対に恥ずかしいことを言われるってのが分かってるから。
突き放すべきか、受け入れるべきか。
どう答えたら良いものか迷っているうちに、獄寺君の手は動き始めてしまう。
まだあまり反応していない性器の形を確かめるように、指先はするすると布の上を移動する。

「10代目・・・」

耳元で、低く囁かれる。
その声はこれから起こることを示唆するようで、無意識に腰を揺らしてしまった。
くすり、と笑う気配がする。
それを気にしている間もなく、股間を撫でるように刺激していた指の動きは、
少し強めに撫で上げる、手のひら全体のものへと変わる。

「・・・っ、獄寺、君・・・」
「はい、10代目」

オレが呼ぶと、横にあった顔を前に移動させる。
いつもの笑顔は消えていて、熱を持ったような目が、オレを射るように見ている。
もうちょっと勉強しないといけないのに、とか思うけど、
オレのわがままが引き金になっているのが明らかだから、突き放すこともできなくて。
何をどう答えるのが一番いいのか分からなくて、とりあえず触り心地の良い獄寺君のほっぺたにキスをした。

「・・・これで我慢しろってことですか?それとも了承の意味ですか?」

オレのあいまいな態度に獄寺君が尋ねる。
前の開いた獄寺君のシャツをつかんで、言葉を吐き出した。

「好きなように取っていいよ」

返事を決めかねたオレにできることといえば、決定を獄寺君にゆだねることで。
下を向いていたからその時の獄寺君がどんな顔をしていたのか分からないけれど、
ズボンの上を這っていた手がベルトにかかったことで、了解でとられたことは分かった。


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