関西学院大学 文学部総合心理科学科 関西学院大学大学院 文学研究科総合心理科学専攻心理科学領域 小野久江研究室

科学的研究費研究

20歳・30歳代の自殺の捉え方とストレスに対する対応の仕方

[はじめに]

 日本の自殺死亡者数は、平成10年から平成23年まで14年にわたって3万人を超えていました。平成24年は3万人を切りましたが、それでもなお、多くの方が自殺で亡くなっています。
 自殺死亡者数で最も多くの割合を占めるのが中高年代ですが、平成17年を境に中高年男性の自殺死亡者数は低下傾向にあります。一方で、近年、20、30歳代の若年者の自殺死亡率が上昇傾向にあります。
 そこで、小野研究室では大学生をはじめとする若い世代(20歳代・30歳代)の自殺予防に関する調査をしました。ここでは、次の6点についての調査結果を示します。

1)自殺をどのように考えているか(自殺観)の質問
2)自殺に関する行動(自殺関連行動)の質問
3)なぜ自殺をしてはいけないかの質問
4)気分の落ち込みの度合い(抑うつ状態の程度)質問
5)ストレスに対する対応の仕方(コーピングスタイル)質問
6)生活の質についての質問

[調査方法]

 2009年9月から2012年5月に調査をしました。
 調査用紙を1545名に配布し、1132名(回収率73.3%)の方から回答協力をいただきました。この1132名中、20・30歳代の方は809名(男性230名、女性579名 平均年齢20.3歳)でした。以下にその結果を示します。

[結果]

1)自殺をどのように考えているか(自殺観)の質問
質問① 自殺を絶対にしてはいけないか?

 自殺を漠然とイメージしてもらうこの質問では、自殺を絶対にしてはいけないとする回答は74%、自殺をしても構わないとする回答は7.9%でした。

質問② 問題解決の手段として自殺もありうるか?

 自殺を「問題解決」の方法としてイメージしてもらうこの質問では、問題解決手段として自殺はあり得ないとする回答は46.7%、問題解決手段として自殺もありえるとする回答は30.0%でした。

 これらより、自殺をしてはいけないと漠然とは考えているものが多く、自殺については否定的な考えが大勢を占めることが示されました。しかし、「問題解決の方法」として自殺を提示すると、自殺をしてはいけないと考えるものは半数以下に減り、問題解決の方法として自殺もありえるとしたものは3割まで増加しました。
 以上より、若者においては、問題がない状況では自殺はいけないと考えているにも関わらず、「どうしようもない」と感じるような問題が生じた状況においては、自殺を問題解決方法として選んでしまう危険性が示されました。

2)自殺に関する行動(自殺関連行動)の質問
質問③ 今までに本気で死ぬ気はなかったが死にたい気分になったことがあるか?

 本気で自殺を考えるには至らない程度の「死にたい気分」を経験したとの回答は51.4%でした。

質問④ 今までに本気で死にたいと思ったが自分自身を傷つける行為(大量服薬なども含む)はふみ止まったことがあるか?

 自殺念慮を持ったことがあるかどうかを尋ねたこの質問で、「はい」(自殺念慮を持ったことがある)と回答したのは15.6%でした。「どちらでもない」との回答をした9.4%もリスクの高いグループと考えられます。

質問⑤ 今までに本気で死にたいと思い、自分自身を傷つける行為(大量服薬なども含む)をしたこととがあるか?

 自殺企図歴を尋ねたこの質問で、「はい」(自殺企図歴がある)と回答したのは5.2%でした。「どちらでもない」との回答をした4.2%もリスクの高いグループと考えられます。

 これらより、「死にたい気分」を持つ若者は半数以上と多いこと、また自殺念慮を持った経験のある人は15.6%、自殺企図歴のある人は5.2%となり、若者の中では自殺関連行動がまれでないと考えられました。

3)なぜ自殺をしてはいけないかの質問
質問⑥ 家族などの身近な人に迷惑をかけるので自殺をしてはいけない?

この質問に、「はい」と回答したのは87.3%(706名)でした。

質問⑦ 社会全体に迷惑をかけるので自殺はしてはいけない?

この質問に、「はい」と回答したのは64.5%(522名)でした。

質問⑧ 宗教的(魂など)に自殺をしてはいけない?

この質問に、「はい」と回答したのは40.8%(330名)でした。

質問⑥ 家族          質問⑦ 社会          質問⑧ 宗教

 これらより、家族の要因が自殺の抑止力として最も強い可能性が示されました。社会的な要因は家族より自殺の抑止力が小さいことが示されました。さらに、日本では諸外国と比べ宗教的な要因が自殺の抑止力としては働きにくいことも分かりました。

4)気分の落ち込みの度合い(抑うつ状態の程度)
  • 抑うつ状態の程度はZung Self-rating Depression Scale (SDS)という自己記入式の評価尺度を使用しました。その結果、SDS合計点の平均点は41.5±8.0点となり、「軽度の抑うつ」レベルを示しました。昨今の20・30歳代は、全体として抑うつ的である可能性が示されました。
  • SDSの自殺項目(「自分が死んだほうが ほかの者は楽に暮らせると思う」)の平均点は1.3±0.7点となり、「めったにない」~「時々思う」ということが示され、自殺念慮については低い点数であったと考えられました。
5)ストレスに対する対応の仕方(コーピングスタイル)
  • ストレスコーピングスタイルは、Coping Inventory for Stressful Situation (CISS) という自己記入式の評価尺度に回答してもらい、課題優先対処、情緒優先対処、回避優先対処の3種のコーピングスタイルを調べました。
  • 課題優先対処は、問題になっている出来事に対し冷静に判断したり計画的に行動したりするといった対処方法です。情緒優先対処は、問題になっている出来事に対し感情を発散したり感情を変化したりする対処方法です。回避優先対処は、問題となっている出来事から逃げ出し考えないようにするといった対処方法です。
  • 今回の調査の結果、課題優先対処得点:54.2±10.1点、情緒優先対処得点:47.4±10.3点、回避優先対処得点:50.1±11.0点となり、課題優先対処得点のコーピングスタイルが最も高い値を示しました。
  • 質問① の「自殺は絶対にしてはいけないか?」で「はい」と回答した群と「いいえ」と回答した群における各ストレスコーピング得点の比較を行いました。その結果、「はい」と回答した「自殺は絶対にしてはいけない」と考えている群は、そう考えない群より、課題優先対処得点・回避優先対処得点が有意に高く、情緒優先対処得点が有意に低い結果が出ました。これより、ストレスに対して課題優先対処・回避優先対処を取ることは自殺予防に役立つかもしれないと考えられました。適切なストレスコーピングスタイルを習得する機会を増やすことも大切と考えました。
6) 生活の質(Quality of Life)
  • 生活の質(Quality of life 以下QOL)とは、世界保健機関(World Health Organization:WHO)では、「一個人が生活する文化や価値観のなかで、目標や期待、基準、関心に関連した自分自身の人生の状況に対する認識」と定義され,住宅などの快適性から人生の生きがいや満足度まで含めることが可能な幅広い概念です。
  • 今回はQOLの中でも健康関連QOLを、日本版MOS 36-item Short-Form Health Survey (以下SF-36)に回答してもらい、身体的側面、精神的側面、役割/社会的側面の3つの面の包括的健康関連QOLを求めました。
  • その結果、身体的側面は55.9±9.9、精神的側面は48.8±10.4、となり、ほぼ同じでした。一方、役割/社会的側面は39.7±10.9となり、身体的側面、精神的側面両方のQOLは保たれているものの、役割/社会的側面のQOLが最も低下しており、役割/社会的側面QOLは日本の標準値(50)より有意に低くなっていました。日本の20・30歳代は、「社会での役割」に対して、満足度が低い可能性が示されました。

[まとめ]

 今回の調査から、20・30歳代の自殺予防には、「問題解決手段として自殺をしない」ことの啓発が大切と考えられました。そのためには、問題が起こった時に感情に流されないようなストレスコーピング方法を身につけることや、問題解決の具体的方法を提示できる相談機関等へつなげることの大切さも考えられました。

この研究は、科学研究費補助金基盤研究(C)(課題番号:22530776、研究代表者:小野久江、研究協力者:辻本江美、竹谷怜子)の助成を受けて行いました。