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論評とは名ばかりで、わたしの電子日記とリンクしてるただのたわごとです。
 8      大フィル×李心草×パスカル・ロジェ
 勤務時間延長のため心身ともに疲れきっていた10月28日。『今日は寝てしまいそうだなあー』と思いながら大フィルの定演を聴きにシンフォニーホールに向かった。
 が、ホールに着いてすぐに聴こえたのはクラリネットの音色。慌てて階段を駆け上がってM扉から入場すると、もうすでに舞台上にクラリネットの人はいなくなっていた。他の楽器の人が数人、舞台上で音調整をしていただけだった。しかしさっき聴こえたクラリネットの音で眠気は一気に吹き飛んでしまった。そして自分の席へ向かった。今回は舞台向かって右側真横から舞台をのぞむ席。横だと全体を見渡しにくいので、正面席がいいと思い込んでいたが、この席、すごくいい!正面席だと背中しか見えない指揮者の表情がよく見れる、ヴァイオリンパート全員の弦さばきが見渡せる、そしてなによりクラリネット奏者ひとりひとりがよく見える。舞台に近いのでとにかくなんでも観察しやすい。オーボエ奏者のリードケースの仕様、クラリネット奏者が頻繁にスワブを通すさま、奏者同士の会話の表情まで。今度からこの席を選ぼう。
 今回の指揮者は中国人の李心草氏。中国国家交響楽団の常任指揮者である彼は、中国期待の若き新鋭だそうだ。もともとはフルート奏者だったそうだが、なるほどフルートが似合いそうな小柄体型+メガネ+ぼっちゃん頭である。イジリー岡田をチビにして痩せさせたような感じか。
 1曲目、金湘の「巫」という曲。普段オーケストラではあまり聴けないような、中国の霊魂とか宗教とかそういう類の伝統文化を感じる曲だった。なので打楽器はおもしろい音のものがいっぱいでてきた。ただ、奏者にとってはとても難しい曲のように思えた。日本ではこの日初めて演奏された曲だそうだ。この曲が終わって拍手をしているとき、客席からひとりの男性が李心草氏によって舞台上に招かれた。両氏は指揮台の前でかたく抱き合っていた。「誰??」客席の人ほとんどがそう思っていたであろう。重ねた両手を頭上に挙げるしぐさからして中国人であることは間違いない。李氏の父親?もしくは師匠?まったくの謎だった。
 2曲目、サン=サーンスの「ピアノ協奏曲第5番ヘ長調」。ピアノはフランス人のパスカル・ロジェ氏。この横からの席の良さは前述したとおりだが、こういうコンチェルトとなるとやはり正面席がいいかもしれない。わたしの席からではピアニストの顔は見えるが指運びは見れない。逆に左側真横の席では指運びは見えるが顔が見えない。まあそれはさておき、音が、すごい。「すごい」という形容詞しか使えない語彙力の無さにあきれるが、本当に「すごい」。たとえスタインウェイであってもわたしに出せる音ではない。タッチが違う。控えめで澄みきった音。まさに「ピアノを弾く」行為から生まれた音。わたしのはきっと「鍵盤を押す」という行為にすぎない。比べること自体、愚かでおこがましいが。サン=サーンスといえば「動物の謝肉祭」、とりわけ叙情的なメロディーが美しい「白鳥」が有名だ。そういった古典的な作風とは異なり、このピアノ協奏曲第5番は自由闊達な心境が示されている。エキゾチックなエジプト風の曲調が印象的だ。ロジェ氏はアンコールに応え、サティの「ジュ・トゥ・ヴ」を披露。上品に「お前が欲しい」なんて素敵!!楽しかったなあー!小躍りしたくなった。
 3曲目、ワーグナーの「ジークフリート牧歌」。こちらも定演などでよく演奏される曲だ。今回のプログラムにある曲目解説を見てみると、“この曲はワーグナーの2度目の結婚相手であるコジマの33回目の誕生日の贈り物として作曲されたものである。ちなみに、ワーグナーはコジマに内緒でこの曲を作曲し、楽員たちとの練習も秘密裡に行って、誕生日当日の朝、楽員たちをコジマの部屋に通じる階段に並べて演奏したそうで、コジマはベッドの中でその音楽によって目覚め、大変な驚きと喜びを感じたと伝えられている”と書いてあった。なんとロマンチックな。『旦那が作曲家ならそんなプレゼントをもらえるのか〜』とうらやましくなった。…が、そんなふうに1曲を立派に演奏しきれるだけの室内楽団員を並べさせれるような階段がある家ってどんな家だ。そんな旦那もいなければ、そんな家もない。現実ってそんなもんだ。それはそうと、そのコジマという女性が、あのリストの娘だったというから驚きだ。勉強になりました。この曲の演奏はちょっとミスが気になった。弦のほう、完璧と言えなかった。でもクラリネットのブルックス・トーン氏、すばらしかった。高音が柔らかい。オケのクラの音だ。そしてオーボエ。この曲だけ茶色いオーボエを持った中年男性がソロで1stだったが、他の曲を吹いていた若い男性より全然うまい。つつましく上品で、かつ広がりがあって。感激した。若い男性のほうは音がデカくてまだ荒々しい。アクのあるオーボエの音、とでもいうか。今後の成長を要チェックだ。(←何様のつもり)
 4曲目、シュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」。こちらは“のだめ”を読んで初めて知った曲。千秋様は悪戦苦闘した曲だったけど、聴く側にしてみると本当に楽しい愉快な曲。交響詩というだけあって、物語が頭に思い描きやすい。E♭クラは金井信之氏。高校のときからフライヤーなんかでよく見かけた方だが、物腰おだやかそうな方でその性格が音にも出ているのかもしれない。E♭クラは、AクラやB♭クラに比べて高音になるため、音に丸みを出しにくい。たいていの人が薄っぺらいE♭クラ特有の音を出す。が、金井氏はそのE♭クラを、AクラやB♭クラと同じ丸みをおびつつ軽やかに奏でる。圧巻のテクニックを目の当たりにした。ティルの悪戯はE♭クラを以って成り立つような気がする。クラがこけたらティルの悪戯も「愉快な」ではなく「迷惑な」になってしまいそうだ。あとこの曲の見せ場はホルンソロ。ホルンは金管楽器の中でいちばん好きな楽器だ。シンフォニーの中でここぞというメロディーを凛々しく奏でる。ただ、金管の中でいちばん難しそうな楽器に思える。ここぞというメロディーを外すと、曲全体が台無しになってしまうからだ。今回のティルは見事に決まって最高でした。いつかわたしもティルを演奏してみたいなあ〜。
 本当に予想以上に楽しいコンサートだったので、いろいろ書いて長くなってしまった。
 ↓は、帰宅して興奮冷めやらぬ間に描きました。

わたしの席から見た李氏の指揮すがた

 
 
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