15 譜  面
 篠笛の譜面が今のようになったのは、ごく最近のこと。昔はもっと大雑把な書き方だったようだ。歌詞の横に数字を書いているだけといった、ほんの覚え書き程度のものだった。もちろん今のように拍子を割っていないし、1拍や半拍も明記していなかったようだ。昔の人はみんな三味線が弾けたので、笛の手順も頭に入りやすかったに違いない。
 最近になってようやく譜面に書き表すようになったのだが、まだまだ不十分な点が多い。第一、統一されたものがない。流派によって表記が異なる。それと強弱を表す記号がない。曲のメリハリは個人の裁量に委されている。これは、邦楽に指揮者がいないこととも関係している。立三味線が「ノリ」や「イキ」をコントロールするのだが、全体を統制し切れない。総合的にすべての楽器を監視し、指示を出す人がいない。
 微妙な「間」の取り方などは、到底譜面に書き表せないだろう。邦楽の演奏そのものが、曖昧な要因を多分に含んでいる。しかしこれが「味」なのであって、一律化してしまうと、かえって面白みがなくなる。伝統文化の難しいところだ。普及させるためには、画一化が必要になるが、どうしても限界が生じる。
14 舞台装置
 歌舞伎や日本舞踊には、大がかりな舞台装置が付き物である。吉野山の景色を描いたり、舞台一面に藤の房を吊したり、あるいはお座敷であったり、大海原であったりと様々な大道具が使われる。
 ところが、屏風を置いているだけの踊りもある。いわゆる「素踊り」というもの。衣装も豪華な写実的なものは着けず、普通の着流し。客席から見ると、頼りない位シンプルだ。
 しかしこのシンプルな舞台が、踊り手の技量によって無限の広がり、可能性を持つ空間となる。見た目だけに捕らわれず、本質を追究していくのである。目に見えるものを提示するのではなく、本質を見抜くことによって、観客の心に直接訴える。観客はその本質を感じ取り、各々の想像力に委せて鑑賞する。なんとも素晴らしい世界だ。並々ならぬ技量が要求される。
 能舞台は、まさにこの世界である。松の大樹を描いた板以外は、何も背景がない。しかしこの「無」が無限の「有」に通じる。見た目は何もないが、本質的には無限の空間なのだ。
 これは落語や講談、朗読にもあてはまる。省略し尽くした状況下で、物事を創り上げていく。大変な能力だ。
13 篠笛の自由性
 前回「空笛」のところで、笛方のアレンジが許されると書いた。そもそも篠笛の演奏については、かなり自由が許されている。
 篠笛はメロディー楽器なので、基本的には三味線の旋律をなぞるように演奏する。しかし一音一音すべてベタ付きかというと、決してそうではない。ところどころ音を長く引っ張っても構わないし、三味線の音と音の狭間に装飾音を入れてもよい。あるいは、唄の節回しに合わせてもよい。
 唄や三味線の邪魔にならなければ、多少のアレンジ、アドリブは構わない。ただし、不協和音を出しては絶対にダメ。また、唄を唄いにくいようなアレンジもダメ。これさえ守れば、あとは柔軟に吹けばよい。そこに個性が生まれる。
12 空  笛
 篠笛に「空笛」(そらぶえ)という演奏手法がある。歌舞伎や日本舞踊で、登場人物の嘆き、悲しみ、寂しさ、空しさを表現する笛である。曲(場面)によって心情が異なるので、その場に合わせなければならない。
 偉大なる先人達が残してくれた、テンプレート的なメロディーラインはあるのだが、アレンジは自由。笛方の感性、裁量に任されている。その曲(その場)にあったメロディーを考えて吹かなければならない。ヒジョーーに難しいが、逆に腕の見せ所でもある。
 自由とは言っても、主役はいるわけだから、勝手なことはできない。主役の解釈、振り付けに合わす必要がある。同じ曲でも微妙にニュアンスが異なる。これがまた厄介だ。
 代表的なものは、「新口村」、「二人椀久」、「お夏」など。
11 二管笛
 二管笛(にかんぶえ)という演奏形態がある。舞台正面の出囃子の時に笛方が二人並んで出る。あまり見られないが、歌舞伎公演で「京鹿子娘道成寺」を上演する時に割りとやることが多い。私も、「娘道成寺」と「操り三番叟」でしか見たことがない。「娘道成寺」では、実際に出たこともある。
 この曲は、手まりの振りのところで篠笛と能管の持ち替えが忙しいので、二人出ることによって、負担をなくすのである。立笛(たてぶえ〜主の笛方)が能管、脇笛(わきぶえ〜副の笛方)が篠笛を担当する。「梅とさんさん〜」のところは、二人で一緒に吹く。
 出囃子の人数が増えることで、舞台がより華やかになる。二管笛の時は、太鼓も二人出ることが多い。ただし、囃子方の人数に余裕がある時にしかできない。
ご意見はこちらまで
よもやま話
よもやま話
このページは、私が思っている事や考えている事をテーマを定めずに書いています。
邦楽に関する事を書くつもりですが、何事にも例外は付き物です。
何でもありの雑感コーナーです。