35 | 笛方の弱点 |
笛方の弱点は、ズバリ、笑かされることだ。私は特にゲラなので、格好の標的にされる。よくあるのは、陰で吹いているとき。そばで何か面白い仕草をされたり、おかしなことを言われると吹けなくなってしまう。打楽器は笑いながらでも音を出せるが、笛は絶対に不可能。口元が緩むとお手上げになる。 それを承知で仕掛けてくるのだから、たちが悪い。太鼓地などの賑やかな部分で、少しくらい笛の音が途切れても観客にわからないところで仕掛けてくる。一生懸命にこらえるのだが、大抵笑ってしまう。 悪意はなく、偶然面白い状況になることもある。先月の仕事中、陰で静かな篠笛を吹いているとき、私の近くである人が御簾内の電灯(裸電球)をいじっていた。すると触りどころが悪かったのか、突然照明装置ごとはずれ落ちてしまった。なんとか落下途中で受け止めたので、大きな騒音は出なかったのだが、その様子が私の視界に入ったものだから、おかしくてしょうがない。必死でこらえたが、とても辛い思いをした。おそらく音が波を打ったように、震えていたと思う。 |
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34 | 作 調 |
「作調(さくちょう)」という言葉があるのだが、あまり知られていない。これは、曲に囃子の手を付けることを意味する。作詞や作曲という言葉はよく使うが、作調はあまり聞かない。 最近になってようやく、作調者の名前も残るようになったが、古典の曲のほとんどが作調者不明である。江戸時代の曲でも、作詞者や作曲者の名前はちゃんと残っているのにどうしてだろうか。 囃子方の本家は「能」なので、どうも「長唄囃子」というものが軽んじられてきたような気がする。武家社会の教養に対して、庶民の娯楽という立場だったためだろう。そもそも昔から、武家社会を除いて、生産活動や経済活動に従事しない人々の社会的立場は低かったようだ。 また打楽器という性格上、1つの決まった手を守ったり伝えたりすることが難しかったのかもしれない。リズムさえ合っていれば、どう打っても格好はつく。別に1つの手に縛られることもなかったのだろう。著作権など無い時代なので、結構大雑把だったと思われる。 これからは、作詞者、作曲者と並んで作調者も後世に残していってもらいたい。 |
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33 | 受験勉強的暗譜 |
前回ご紹介したのは、時間に余裕のあるときの暗譜方法。2〜3日あれば、この方法でバッチリだ。ところが、全く時間がないときもある。 新作曲以外にも、10年に1度くらいしかお目に掛からない珍しい曲も、通常は譜面を見て演奏する。しかしそのつもりでいると、当てがはずれることがある。本番当日、急遽暗譜になることがある。こうなると必死だ。10分くらいで覚えないといけない。しかも仕事をしながら(他の曲を演奏しながら)、その合間に覚える。 下合わせ(リハーサル)でやった曲の雰囲気を思い出しながら、譜面とにらめっこする。脳ミソをフル回転させて、譜面を頭にコピーする。まさにテスト前の一夜漬け状態。受験勉強を思い出してなつかしいなどと言ってられない。 リハーサルを思い出しながら、譜面全体の流れをつかむ。それから、笛の用事のあるところを頭にコピーする。篠笛のパートは完全にアドリブ。こういうときに、頭の中に既に蓄積された曲の量がものをいう。ストックが多ければ多いほどアドリブがきく。 とにかく死に物狂いで覚えるのだが、こういう覚え方は忘れるのも早い。 |
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32 | 曲を覚える |
舞踊会の出囃子演奏や長唄会での演奏は、原則的に暗譜しなければならない。例外としては、新作曲は譜面を見ても許される。暗譜の方法は人様々だが、私の方法を紹介しよう。 まず能管のパート。能管は文字通り「能」の楽器なので、打楽器に合わせる。打楽器の手配りは三味線の手順に付いているので、まず三味線をよく聞く。時間にゆとりがあるときは、何度も繰り返して覚える箇所を聞く。この時、三味線の音に神経を集中して聞き、口ずさめるようになればしめたものだ。 例えば、童謡の「チューリップ」や「夕焼け小焼け」を歌いながら手拍子を打つのはたやすいことだろう。同じ理屈で、曲の流れを先に頭に入れておけば、そこへ手を付けるのは楽な作業になる。しかも手順の丸暗記と違い、忘れにくい。記憶も長持ちする。 次に、篠笛。こちらも同じ様に、必要箇所を何度も繰り返し聞く。こちらは、完璧にメロディーを口ずさめるまで聞く。それができれば、あとは覚えた通りの音を吹くだけ。 しかし、頭の中のメロディー通りの音を出すには、事前準備が必要になる。少なくとも30〜50曲程度の暗譜ストックが必要だろう。これは、毎日繰り返し、繰り返し吹いて覚えるしかない。とにかく単純練習。子供が自転車に乗る練習をするのと同じ。何度も反復練習をする。頭に暗譜したメロディーが溜まってくると、三味線の旋律の流れと笛の運指がオーバーラップしてくる。そうなると、もう大丈夫。三味線の音に対して正確に笛の音が出せるようになる。一度苦労しておけば、あとはかなり楽になる。初めて聞く曲でも、そこそこアドリブでついていける。 |
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31 | 物売り |
時々ラーメン屋の屋台が家の前を通る。これからは、焼き芋屋の軽トラックも現れるだろう。 日本舞踊の曲には、物売りがよく出てくる。「白酒売り」、「文売り」、「水売り」、「茶筅売り」、「独楽」、「玉屋」等々たくさんある。身近な題材で曲を作っていたようだ。物売りだけでなく、その時代の風俗を題材にしたものは数多い。 こういう曲を聴くと、時代、時代の庶民の生活の様子がわかってとても面白い。今では考えられないようなことにも、しばしば出会う。当時の日常をのぞき見する気分。 でも合理的なことも多く、またそれを理解できるというのも、同じ日本人としての思考回路を受け継いでいるからだろう。時代は変わっても、潜在的な精神構造は変わっていない気がする。 |
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