このコーナーは曲に対する考えや思いを綴っています。
独断に基づいており、客観性や学術性は全くありません。
専門的な言葉が出てきますが、あまり解説していません。
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15 長唄 お  兼
 「近江のお兼」とか「晒女」ともいう。近江地方の怪力女性の伝説を題材にした曲。日本舞踊の会では、1人で踊ることが多いが、歌舞伎では暴れ馬が出てきたりする。大の男が2人掛かりでも持て余すような暴れ馬を、怪力のお兼が取り押さえてしまうという演出。馬にはもちろん前足部分と後足部分に人間が入っていて、馬の仕草を見せる芸も面白い。
 歌詞は、お兼の力自慢や近江八景を読み込んだもので、特別良いとは思わない。
 途中に長い篠笛があり、これがくせ者。盆踊りの音頭なのだが、三味線の旋律が独特で、しかも長い。たいした盛り上がりもなく、吹くのに苦労する。ややもすると、メリハリがなくダラダラとしてしまいがちになる。あまり好きではない。この篠笛があるために、この曲自体にもあまり好感が持てない。太鼓地なのに、どうしてこんなに盛り上がらないのだろう。
 後半はサラシの合方に合わせて、サラシを振る踊り。「越後獅子」と同様、笛は用事がない。ここでカラミと立ち回りを演じる振り付けもある。
 全体的に、笛方にとってはあまり魅力のない曲。
14 常磐津 独  楽
 常磐津舞踊の代表曲。初演は、市川猿翁。置唄に「沢潟屋」という言葉も出てくる。浅草観音の境内での、独楽売りの様子を描いたもの。威勢よく独楽売りが登場し、売り口上が始まる。
 独楽の由来を語った後、独楽を回して見せる。歌詞の「綱渡り」、「つばめ回し」、「風車」、「衣紋流し」はすべて曲独楽の呼称。
 いわゆる「細ばちもの」の鳴り物がふんだんに使われ、非常に賑やかに演奏する。笛も全編賑やかに、軽快に演奏する。独楽売りが口上を言ったり、曲独楽を見せたりしながら、自分自身も楽しんでいるような気がする。それを上手く乗せてあげるような笛を吹きたい。
 曲独楽を見せた後は、自分を独楽に見立てて、両手を広げ、舞台上をくるくる回り出す。しばらく回った後下手袖へ入る。暗転の間、鳴り物のツナギ。仕度ができてパッと照明がつくと、舞台上には巨大な日本刀の大道具。その白刃の上に独楽売りが乗っている。三味線の合方と賑やかな鳴り物に合わせて、白刃の上をくるくると回り出す。「刃渡り」という曲独楽の芸で幕になる。
 これは単純に楽しめば良いと思うのだが、ついつい考えてしまうことがある。一体、独楽売りはどうなったのだろう。独楽の精が乗りうつってしまったのだろうか。本当の独楽に変身してしまったのだろうか。舞台では大きく見えるが、本当は小さな独楽に変身してしまい、独楽売りの姿が消えて、見物客の前に小さな独楽が一人で回っているだけなのだろうか。永遠の謎だ。
13 長唄 供  奴
 演奏会や舞踊会でポピュラーな曲。四代目中村歌右衛門が芝翫時代に初演したので、「芝翫奴」ともいう。また我々笛方にとっては、能管のお稽古のテキスト的な曲。この曲は「道具もの」の宝庫である。「道具もの」とは、能管や打楽器の定型の手組みのこと。この「道具もの」を覚えると、いろいろな曲に対応できるようになる。「道具もの」は数種類あるのだが、かなり多くがこの「供奴」に出てくる。
 まず「オロシ」で始まると、「サラシ」、「早来序」、「狂言鞨鼓」〜とどんどん出てくる。これらを覚えることによって、他の曲に応用できる。この曲を1曲お稽古すれば、かなりの「道具もの」を勉強できる。
 曲の内容は、主人のお供に遅れた奴が、あわて急いで、吉原に駆けつけるというもの。勢いよく走って来た奴が、ハデな三味線と賑やかな鳴り物で踊る。前半は自分の身の上、後半は廓の様子を踊る。
 後半、三味線と小鼓に合わせて軽快に足拍子を踏むところが、踊りの見せ所。途中で「浪花師匠」とあるのは、三代目中村歌右衛門のこと。(もちろん四代目の師匠)
 軽快で力強く、楽しい曲なので、全曲ハデに勢いよく吹くように心掛けている。
12 長唄 二人椀久
 廓通いで身を持ち崩した大阪の豪商、椀屋久右衛門の実話に基づく作品。(こんなリアルに作っても良いのだろうか)
 始め置き唄があって、椀久が鬱状態で花道から出てくる。トボトボと少し歩いた後、よろける。この動作がキッカケで、静寂を破る能管のヒシギの音。大小鼓も入り、「翔り」で七三へ。ここから、椀久の身の上話的なストーリーが始まる。このヒシギが緊張する。舞台も客席も薄暗い。私は目が良くないので、動作を見逃さないように必死になる。
 「思いざし〜」の篠笛は、数年前まであまり好きではなかった。しかしこの頃、何となくいいなぁと思うようになってきた。吹く立場から言わせてもらうと、ちょっと短い感じがする。ちょっと物足りない。
 「お茶の口切り〜」からはガラッと雰囲気が変わり、廓遊びの楽しい思い出の描写。三味線は「タマ」と呼ばれるアドリブ演奏。華やかで心地良い撥さばきが要求される。腕の見せ所だ。踊りも椀久と遊女松山の息のあった軽快な振り。ウキウキする場面。
 山場を越えると、現実の世界に戻り、狂乱状態の椀久。曲のテンポも速くなり、終盤を迎える。唄がすべて切れるとゴーンと心に響く鐘の音。ここで「空笛」が入る。篠笛の独壇場。椀久の嘆き、悲しみを振りに合わせて表現する。立方によって振りが違うので、かなり難しい。最も緊張するが、最も気持ちのいいところ。誰がこんな演出を考えたのだろうか。
 「二人椀久」というのは、現実の世界の椀久と夢の世界の椀久という意味だろう。
11 清元 玉  屋
 「玉屋」というと花火に関係があるように思うが、そうではない。これは、天保年間に流行った「シャボン玉売り」が主役。曲名の「玉屋」は通称で、正式には「おどけ俄煮珠取」(おどけにわかしゃぼんのたまとり)という。
 通り神楽で幕が開くと、花道から玉屋の登場。「さあ、さあ、寄ったり見たり、吹いたり、評判の玉屋、玉屋。」賑やかな口上を言い立てながら現れる。昔は口上を言ったり、歌を歌ったりしながら売り歩いていたようだ。「お子様方のお慰み〜」と威勢の良い文句が、次から次へと続く。「大玉、小玉吹き分けは、その日その日の風次第。」…あまり技はなかったのだろうか。とにかくずっと鳴り物入りで、賑やかな売り文句が続く。
 次は、蝶々のおもちゃを持っての踊り。ここは篠笛が入る。清元の粋な節回しに乗せて、楽しく吹くようにしている。「蝶々留まれや、菜の葉に留まれ〜」とたいした内容ではない。
 そのあとクドキがあって、箱根節の踊り。再び賑やかな鳴り物が入る。最後は、「折りも賑わう祭礼の〜」の歌詞に合わせて、屋台囃子で幕となる。
 取り立てて内容がどうこうという曲ではないが、全編楽しくて、なんとなく好きな曲だ。篠笛のところも、なんとなく楽しい。
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