ほんのちょっと理科専科

 理科専科ともなると、やはりそれなりの教材研究をすべきだろう。
 理科と書写しか教えてないのに、その授業がヘタだったら、教師として目も当てられない。(全教科担任していると、手を抜く教科があっても、なんとなく許される。)
 今、4年生では「電気のはたらき」を教えている。
 この単元は、光電池・モーター・車・乾電池・検流計など、いろんなものを使って実験できるので、子どもにとっては楽しいところだと、思う。
 しかし、教師としては、そこで何を学ばせるのかを考える必要がある。
 第一に、体験の蓄積をさせたい。
 光電池とプロペラ付きモーターをまず室内でつなげてみる。でも回らない。強い光源なら、回った。廊下に出てみると、窓際に持っていくだけでよく回った。外に出ると、さらによく回る。友だちと光電池をつなげると、もっと速く回った。 第二に、体験から気付いたこと・思ったこと・わかったことを書き、クラスの中で交流したい。情報交換である。
 そして第三に、それらの体験に科学的色あいをつける。
 それこそが、教師の仕事でもある。
 例えば、電気は+極から-極へ流れる。だから、光電池のつなぎ方を逆にした時、プロペラも逆に回ったのである。
 また、部屋の光ではモーターは回らなかったけど、検流計ではかると、それでも小さな電気が流れてるのがわかった。電気には強さの違いがあるんだ、と。
 なぜ、この「電気のはたらき」の単元が、光電池から入るのか、今まではわからなかった。でも、こうやって、書いてみると、光電池というのは、取り出す電気の強さに変化があるからいいのだ。
 強い太陽の光では、モーターは速く回り、弱い太陽の光では、弱く回る。電気の強さの違いは、乾電池では変化がなさすぎて、つかみにくいのである。
 明日の授業では、次のような発問をしてみたい。
 まず、光電池とプロペラ付きモーターを見せて、つなぐ。そして、光電池に電灯(強力なやつ)を当てて、プロペラを回す。

『今、電気は流れてますか?』

 ここは挙手で手をあげさせる。「流れてないと思う人?」は0人だろう。
 次に、電灯を切り、蛍光灯の光を当てる。モーターは回らない。

『今、電気は流れていますか?』

 これは○か×かをノートに書かせ、その理由も書かせたい。
 たぶん、×がほとんどだろう。
 次に、検流計を示す。実際に、乾電池とモーターをつなげて、検流計の針を動かせてみる。
 そして、さっきと同じ問いを出すのである。
 ただ、ここでは3つの選択肢を出す。

ア 電気は流れてる。
イ 電気はほんのちょっと流れてる。
ウ 電気は全く流れていない。

 たぶん、これで、イに意見が集中すると思う。
 この「ほんのちょっと」という選択肢は、向山洋一氏から学んだものである。 実は、この「ほんのちょっと」が電気の学習では、大切なのだ。
 もともと電気というは、目に見えないものである。実際、モーターが回っていなかったら、電気は流れていないと考えて当然である。
 しかし、そこから「ほんのちょっと」を足がかりにして、「モーターを動かすほどじゃないけど電気は流れてる」と想像することができるのである。

「ほんのちょっと」は、見えないものを見せる魔法の言葉

 さらに、「ほんのちょっと」を使って、回路はつながっていないと、電気は流れないことも教えることができる。
 例えば、光電池の+極だけを検流計につなげてみればいいのだ。
 針は、ほんのちょっとも動かないのだ。

(1998.11.2)