東田直樹『跳びはねる思考』(2014.9イースト・プレス)より。
僕が植物をうらやましいと感じるのは、考えなくてよいからではありません。植物は、どのような環境の中にあっても美しく咲こうとし、種を残そうとするからです。
逆をいえば、人間は環境にふり回され、幸せに生きようとする姿勢に欠けているのかもしれません。
僕は皆さんに自分の幸せに気づいてもらいたいのです。人はつらいことや悲しいことがあると、自分の思いで心がいっぱいになり、他の考え方ができなくなってしまいます。いろいろな見方をすることで、人は自分がそれほど不幸ではないと気がつくのではないでしょうか。
環境にふり回され、さらに、自分の思いによって、偏狭になってしまう。それが人間なのです。
人間だから泣くのです。
それは、人間が弱く、ひとりでは何もできない動物だからです。
泣くことは、弱さを認める行為ではないのでしょうか。
僕自身泣くことを繰り返し、成長してきたような気がします。
弱さを自覚するのは、強くなるためではありません。「助けてほしい」というメッセージを、人に伝えるためだと考えています。
ひとりではな何もできない動物が、人間。
植物や他の動物よりも立派な存在だというのは、思い上がりでしょう。
ただ、弱さを自覚し、その弱さに立脚しながら助け合って生きていけるのも、人間なのです。
僕がつらかったのは、できないこと以上に、できない気持ちをわかってもらえないことでした。わかってもらって何かをしてほしいわけではありません。
自分の立場でしか物を見ることができない。そんな人が多いのです。
これまで紹介してきた『跳びはねる思考』には、副題がついています。
「会話のできない自閉症の僕が考えていること」
東田尚樹さんは、自閉症です。
人と普通に会話することはできません。
ただ、文字を指さしていったり、パソコンを打つことで、自分の思いを伝えることはできるのです。
僕は、二十二歳の自閉症者です。人と会話することができません。
僕の口から出る言葉は、奇声や雄叫び、意味のないひとりごとです。普段している「こだわり行動」や跳びはねる姿からは、僕がこんな文章を書くとは、誰にも想像できないでしょう。
分かってもらえない自分を東田さんは、文章を書くことで分かってもらおうとしているのです。
(2015.3.26)