小野隆行氏から学ぶ②

 反抗挑戦性障害の児童を担任したときの小野先生です。

   教師の指示で子どもを動かすことをできるだけ省いた。

 教師の指示が減れば、教師に反抗する機会が減る。
 教師が指示しなくても、子どもが自分で学習や活動を始められるように組み立てたのである。(中略:荒井)
 以前の私は、こう言っていた。

   漢字スキルを始めなさい。

 これが、次のように変わった。

   すごいなあ。もうスキルを始めている人がいる。

 どちらが、子どものやる気を引き出すかは聞くまでもない。
                 「授業中の規律・ルールに従わない子どもに悩む時 教師の指示ではなくシステムで動かす」

 授業のスタートを決めておき、子どもがそれをし出したら、ほめるのです。そうすることで、ほめることから授業をスタートできるわけです。

 ドーパミンは、簡単に言うと「元気のもと」である。
 ドーパミンが出てくると、元気になったり、集中力が出てきたり、思いやりがでてきたりする。逆に、不足すると、集中力が下がり、元気も意欲もなくなっていく。
 ノルアドレナリンは、厳しさ、緊張をもたらす。楽しさだけでなく、この緊張感が学習には必要不可欠である。
 セロトニンは、癒しの物質である。安心感をもたらす。これが不足すると、不安や恐怖などを感じるようになる。
 この3つの神経伝達物質の調整が、脳内でうまくいかないことが、発達障害児の特徴なのである。
                     「教師の指導技術 発達障害を本当に理解していますか」

 子どもの状態に合わせて、それぞれの神経物質が出るような活動や対応をしていかなくてはいけないのです。
 上記の記事から、各神経物質を出すための対応を以下にまとめました。

【ドーパミンを出すために】
 1)授業にリズムをつける。(声の抑揚・強弱。短いフレーズでテンポ良く。)
 2)動かせる。(全員起立。ノートを持ってこさせる。小刻みな作業。)
 3)見通しを持たせる。(ゴールを示す。)
 4)変化をつける。(変化のあるくり返し。)
 5)刺激を減少させる。(1つのことに集中させる。)
【ノルアドレナリンを出すために】
 緊張を与える。(1人1人当てる。テストの予告をする。)
 ※ノルアドレナリンは出過ぎるとよくない。
  基本はドーパミンが出る対応。ピリッとノルアドレナリン。
【セロトニンを出すために】
 1)みつめる  2)ほほえむ  3)はなしかける  4)さわる  5)ほめる

 教師の指示や対応が、道理を持つかどうかは、子どもの状態に合わせて、何の神経伝達物質を出すためにされているかで決まってくるのです。

   勉強なんてやりたくないなあ。
   いやだなあ。

 このような時、多くの教師は次のような対応をするだろう。

   勉強しないと大きくなって困るよ。
   だから、がんばってしよう。

 このような対応を、私は「説得型」と呼んでいる。
 この説得型の対応は、残念ながらあまり効果をもたらすことはない。
 なぜなら、不安の解消にはつながらないからである。
 理屈で教えこもうとするのは、脳の前頭葉への働きかけである。
 しかし、この場合の不安は、脳の扁桃体で感じていることである。
 これでは、効果があるはずもない。
 不安を取り除き、扁桃体に安心感をもたらす対応が必要である。

 私は、次のように対応する。

   勉強やりたくないよなあ。
   いやだよなあ。

 このように繰り返し、気持ちを認めた後で、趣意説明を入れる。

   でも、日本中の4年生が、この勉強をすることになっているからなあ。
   がんばってやってみようね。

                    「「勉強やりたくない」と言う広汎性発達障がいの子にどう対応するか」

 説得型は効果がなく、まずは受容し共感し、決まりを伝えるのです。

『俺ルール!』(花風社)の中に、次のような事例が出てくる。引用は長くなるので、要旨のみ書くことにする(文責は小野にある)。
 新幹線と特急列車のどちらに乗るかを聞かれるとする。その時、最初に新幹線の説明をされると、脳の中はそれだけでいっぱいになり、次の選択肢を選ぶことはできなくなるというのだ。
 特急列車の方が良いと思っていても、最初に説明された方しか選べなくなるという事例に衝撃を覚えた。(中略:荒井)
  最初に選択することを伝える。
 たったこれだけのことで、混乱は防げるのである。
「次の2つから選んでもらいます」と言えば、聞く方は頭の中に、選択肢を2つ用意するだろう。
                    「障がいの理解には、3つの理解が必要」

 障害の特性のために、選びたい方が選べなくて、悔しい思いをするのです。
 同じようなことを東田直樹さんも書いていました。(つづく)

(2015.6.15)