マララ・ユスフザイのノーベル平和賞授賞式での演説の一場面です。
この賞は私だけのものではありません。教育を求めながら、忘れ去られた子どもたちのためのものです。平和を求めるおびえた子どもたちのためのものです。変革を求める声なき子どもたちのためのものです。変化を求めながら、声を上げられない子どもたちへの賞なのです。
彼らを哀れんでいるときではありません。彼らを哀れんでいるときではないのです。今こそ行動に移し、最後のときにするのです。最後の、最後のときになるように教育を奪われた子どもを目にするのが。
わずか1分の場面です。でも、グッと引き込まれる場面なのです。
最初の短いフレーズで言い切ったあと、変化のあるくり返しをしながら、誰のための賞であるかを語り、哀れんでいるときではないこと、最後のときにすることをくり返し言うことで、強調しています。
実は、上記の部分を学力研全国フォーラムの記念講演で、久保先生が使われます。(私はパソコン担当です。)
上記の演説は、インターネット上で簡単に見つけられます。
「教育を奪われた子どもたち」は、日本の子どもたちを指すわけではありません。 でも、正しき教育を奪われた子どもたちもいるようにも思えるのです。
(2015.7.28)