どこに働きかけるのか

 石井裕之『コミュニケーションのための催眠誘導~「何となく」が行動を左右する~』(光文社2006.5)より。

 以前に、テレビで面白いコマーシャルをやっていました。水を使わなくとも自動車にスプレーするだけで簡単に車体の清掃ができるという商品。それ自体はとくに興味のあるものではありませんでしたが、コマーシャルの最後の「よく振ってお使いください」というナレーションに、私は思わずにんまりとしてしまいました。
 これは、催眠療法の世界でダブルバインド(二重縛り)と呼ばれるテクニックなのです。(中略:荒井)
 このコマーシャルを見ている視聴者は、何の気なしに「ふぅん、よく振って使うのか」と思ってしまうでしょう?ところが「よく振って使う」という言葉には、「すでにその商品を購入している」という前提が隠されているのです。
 そうでしょう?よく振って使うには、まずその商品を手に入れないといけない。当然の理屈です。
 当然すぎるから、意識のバリアをすり抜けてしまう。

 これは「AさせたいならBといえ」の発想に似ています。
 例えば、教室をきれいにさせたい。「教室をきれいにしなさい」と指示したとき、子どもは「十分きれいじゃん、別にきれいにしなくなって」という指示に対するバリア(抵抗)が張られる可能性があります。
 でも「教室をきれいにします。ゴミを10こ拾いなさい。」と指示した場合、子どもは「ゴミ10こか、そのぐらいならすぐ拾えるな」とか「ゴミ10こか、5こぐらいにしてほしいな」とかの思いは抱いても、「教室をきれいにする」という前提は、意識のバリアをすり抜けてしまっているわけです。
 ただ、「催眠誘導」という言葉に、抵抗を感じる方はいるでしょう。
「誘導するなんて、だますみたいでイヤだ。しかも催眠で誘導するなんて。」
 でもこれこそが、意識のバリアなのです。
 教育的価値あることを子どもたち全員に納得させてから行うことが、はたして現実的にできるでしょうか。
「勉強することは大切だ」ということを納得させるなんて、大人に対してさえ、無理なのではないでしょうか。
 それならば、無意識に働きかけ、「勉強って大切なんだよな」と何となくでも思わせた方が、教育的効果は大きいと思うのですが、いかがでしょうか。
 逆にいえば、うっかりすると、私たちは、子どもたちに対して、まちがった誘導、教育的効果を減じるような誘導を行っている場合もあるでしょう。
「学校は楽しいところだから、おいでよ。」という語りかけは、「学校は楽しい」という前提を子どもたちに示すわけです。が、もし楽しくない授業をすれば、この前提を否定することになります。こうして子どもの無意識に混乱を招くのです。

(2009.8.13)