ごんぎつね文献検討⑦

 今回紹介する本こそ、研究の名にふさわしい本かもしれません。

(7)北 吉郎『新美南吉「ごん狐」研究』(教育出版センター1991)

 定稿「ごん狐」(『赤い鳥』版「ごん狐」)に草稿「権狐」(日記中の「原作」)が存在することは、周知のところである。定稿「ごん狐」を深く作品解釈する上で、草稿「権狐」の研究は欠かすことはできない。(P.93)

 この本の巻末には、定稿と草稿の「ごんぎつね」がそれぞれ載せてあります。 例えば、第3場面の終わりに、草稿では、次の文があります。
 そして権狐は、もう悪戯をしなくなりました。
 ごんの最初の紹介で、ごんのいたずらがいくつも例示されています。そのごんがいたずらをしなくなったのですから、実に大きな変化といえます。
 第6場面にも、定稿と草稿で大きな違いがあります。定稿を元にしている教科書には、次の文があります。そして、草稿では。

 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。(教科書)
            ↓
 権狐は、ぐったりなったまま、うれしくなりました。(草稿)

 ごんは、兵十に撃たれたけれど、兵十にくりやまつたけを持ってきていたのが自分だと気付いてもらえて、うれしかったわけです。
 第5場面の最後にあるごんのつぶやきも、草稿では違ってきます。

 ごんは、「へえ、こいつはつまらないな。」と思いました。「おれがくりや松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼を言わないで、神様にお礼を言うんじゃあ、おれは引き合わないなあ。」(教科書)
            ↓
 権狐はつまんないと思いました。自分が、栗やきのこを持って行ってやるのに、自分にはお礼云わないで、神様にお礼を云うなんて、いっそ神様がなけりゃいいのに。
 権狐は、神様がうらめしくなりました。(草稿)

 神様がいなけりゃいいと、神様のことをうらめしく思うなんて、まさにヤキモチのようなものです。
 このような、定稿と草稿の違いから、「ごんぎつね」が償いの物語か、求愛の物語かを北氏は考察していきます。

 傍線②の「いたづら」であるが、「夜でも昼でも、あたりの村へ出てくる」のは「一人ぼつち」だからである。しかし、寂しければ誰もが「いたづらばかり」する訳ではないから、そこには楽しくない心の状態(不満の鬱積)を読み取ることができる。この「一人ぼつち」の境遇→不満→「いたづらばかり」の構造には、その人物像に〈暗〉の部分を感じさせるが、実は主人公像の有するこの〈翳り〉の側面が幅広い児童の心を掌握する重要な要素の一つなっていることを指摘しておく必要がある。低学力の児童、家庭的に不幸な児童、粗暴で担任教師に叱責されることの多い児童など、普遍的に存在する〈底辺〉児童の心を捉え、揺り動かしている。それは、このように孤独で暗い一面を有している主人公が、反面傷つきやすく、一途で、やさしい心を持っていることを物語の進行にともない読者が知っていくことになるからだと推察される。(P.119,120)

「ごんぎつね」のような悲劇が、いまだに教科書に残り続けるのも、多くの子どもや教師からの圧倒的な支持があるからでしょう。
 さて、草稿だけにある「そして権狐は、もう悪戯をしなくなりました。」を根拠に、北氏は、次の主張をします。

 このような大転換が、〈つぐない〉意識によってもたらされたものとは考えがたい。そうではなく、この生まれ変わりは主人公がもはや「一人ぼつち」ではなくなってきていることを意味していよう。すなわち、生きがいの対象として兵十という存在が自分の前に立ち現れ、人生の目的ができたことを意味しよう。ごんぎつねには充実の対象があるために、いたずらをする必要がなくなってきているのである。
(P.124)

 つぐないが生きがいになったわけです。ボランティア活動を生きがいにしている人と似ているかもしれません。
「それは、純粋なつぐないではない。」と言われたら、その通りかもしれません。
 むしろ、つぐないをすることが、人(ここでは兵十)に近づくきっかけとなったのかもしれません。

(2008.8.21)