勉強の障害:誤解語

 L.ロン ハバード『学び方がわかる本』(new-era)2003.8.30という本を買いました。大きなイラストで分かりやすく書いてあるので、30分弱で読めます。

勉強するということは、あるものについてもっと知るために、物事に目をむけたり、誰かにそれについてたずねたり、それについての本を読んだりすることです。(P.9)

「勉強する」とはどういうことか、という定義のようなことを論述している本はなかなかありません。
 この本で一番ページをさいて書いてあるのは、勉強の障害についてです。
 そして、勉強の障害の中で、一番重要なものを「誤解語」としています。
 誤解語というのは、意味の知らない単語や間違った意味で理解してしまっている単語のことです。ひまわりの花のことをニンジンとまちがって理解していたら、うさぎのエサに、ひまわりの花をあげることにもなります。

 誤解された単語や記号をそのまま見過ごすと、空っぽで、くたびれ果てた感じがしたり、あくびがでるかもしれません。
 それから「そこにいない感じ」になり…
 ちょっと神経質になったり動揺したりするかもしれません。
 もしも、あなたがたくさんの誤解語をそのまま見過ごせば、あなたは勉強しているものが嫌いになってくるかもしれません。
 あなたは不平を言い始め、他の人を責めたりし始めるかもしれません。
 さらに、その場を離れてしまうこともあります。
 そして、もう二度とその勉強をしたくなくなるかもしれません。
                            (P.48~52)

 不平のところのイラストでは、男の子が次のように文句を言っていました。
「英語なんかおもしろくないよ!」
「先生の教え方が悪いんだ!」
 荒れたクラスの子が、言いそうなセリフです。
 この本を読むと、先生の役目が見えてきます。
 教師とは、誤解語などの勉強の障害に遭遇する子どもに、障害を通り抜けるための手助けをしてあげる仕事である。
 お年寄りが、音読や計算に、「やりたくない」と言って取り組まなかった本当の理由は、字が小さくて読めなかったからです。でも、字を大きくして、その障害を取り除いてあげたら、そそくさとやるようになったそうです。 

(2004.1.6)