気付きにひそむ次時の礎

 これも、5年理科「もののとけ方」第1時の1コマです。
 ペトリ皿に入れた食塩を薬さじの小さい方で山盛り一杯入れさせて、ゴム付きガラス棒でまぜてとかさせました。
 とけたら、次の人に交代です。(最初に1~4番まで決めさせています。)
 待っている間に、ノートに気づいたことを書かせます。
 この気づきの中に、次時で考える「食塩はかきまぜなくてもとけるか」を考えるためのヒントになるようなものが出てきていました。

・とけている間、塩からなにかでてきた。(鐘撞)
・全部とけたきがしたけど、細かいつぶがいっぱいういていた。(田中)
・かきまぜるのがはやければとける。(長崎)  
・かきまぜるととけた。(乾)
・わたあめみたいな糸がでたようなきがする。(石田)
・よくかきまぜないととけない。(廣田)  
・きえるようにとけた。(福村)
・けむりのようなへんなものが水の中にあった。(山村)
・塩にぼうあてなくても消えた。(石部)

 かきまぜる速さや大きさでよくとけるのは、体感しています。それは「かきまぜないととけない」という意見につながります。一方、石部くんのように、まぜなくてもとけた、という意見もあります。この違いが、討論を生むのです。

(2007.1.12)