8と7の段のフラッシュカードをやったあと、
『アンニョンハシムニカ』と、挨拶した。
「アンニョンハシムニカ」と、子どもも帰してくれる。知っているのだ。
『グットモーニング』
「グットモーニング」
『ニイハオ』
「ニイハオ」
『はい、おはようございます。』
「おはようございます。」
たまには、こんな挨拶もいい。
さて、あるクラスでアンニョンハシムニカの挨拶をしたところ、
「○○くんが耳もと、アンニョンハシムニカと言ったのに、謝ってくれへん。」と、訴えてきました。
算数というのは、1分1秒が無駄にできない。かといって、ここは即座の指導が必要なところである。
○○くんに何をされたのか、まず、みんなの前で言わせた。
『耳もとで、大きな声を出されてもいい人?』
もちろん、誰も手をあげない。
『いやな人?』
やった子以外、全員が手をあげる。
『○○くん、立ちなさい。』
○○くんは、立ったとたん、
「あやまる。」と、一言。
『じゃあ、あやまりなさい。』
「ごめんなさい。」
『□□さん、これでいいですか?』
と聞くと、訴えた子は、うなずいた。
『○○くんも、よくあやまれたのね。えらいですよ。』
これで、終わりである。
なんとなくだが、教室の中に、ホッとした空気が流れた。
○○くんがやったことを『そんなことしちゃいけないでしょ。』というように私が叱ることもできる。ただそれでは、教師に叱られたから、あやまるという構図になってしまう。
しかも、叱られた子の中には、しこりが残る。
しかし、クラス全体の正義を味方に、その子に行為の善悪をはかると、やった子も自分から非を認める。だからこそ、私はほめて終われるのだ。
(1999.4.30)