生きていくための養分は

 6年理科は、最後の単元の「生物とかんきょう」に入りました。
 昨年は、この単元を7月にやっていました。時間が無かったので、1時間で一気にやってしまったのです。(実にいいかげんでした。)

 ノートの新しいページに、日付やタイトル(2行分の大きさ)を書かせ、最初のページの最初の1分を読ませました。
「ヒトやほかの動物は、食物を食べて、生きていくための養分を得ている。」
 男の子がじゃがいもを食べている絵を見せました。
「なぜ、じゃがいもを食べているのですか。」
「おなかがすいたから。」「50点。」
「好きだから。」「30点。」
「でんぷんをとるため。」「70点」
「養分をとるため。」「80点。」
 ここは挙手指名です。
「生きていくための養分を得るため。」「100点。」
 今、習ったことを使わないといけないのです。
「ウサギは、なぜシロツメグサを食べているのですか。サンハイ。」
「生きていく養分を得るため。」「その通り。」
 次に、拡散的発問をしました。

 ヒトは、生きていくための養分を何から得ているか。

「5つ書けたら持ってきなさい。」
 ここまでの展開が、授業をしてみるまで、思いつきませんでした。
 ヒトが食べている物をあげさせる、という発想はありました。
 でも、その発問を教科書の一文とからめることは、授業の中で思いついたのです。教科書では「植物は、生きていくための養分をどのようにして得ているか、考えてみよう。」となっています。でもここは、まず、ヒト(自分)が何から養分を得ていることから、確認しないといけないと思ったのです。
 肉・ラーメン・鳥・魚・炭水化物・ニンジンなど、様々な物が出されました。
「その中で、植物からできたものを赤で囲みなさい。」
 ラーメンは小麦、ニンジンも植物です。
「肉の元の牛は、何を食べますか。」
「草。」
「だから植物を食べるのですね。ということは、牛も植物からできたものといっ ていいですね。」
 こうして植物に注目させてから、次の展開へと入るわけです。

(2005.6.13)