アメンボはにん者か

 説明文「アメンボはにん者か」の研究授業を見ました。
 大きな問いの段落と答えの段落の間にある「一円玉とはりの実験は必要だろうか。」を問う授業でした。
 挙手させたところ、全員が必要に手を挙げたため、「筆者が一円玉とはりの実験について書いた理由を考えよう。」という流れになりました。
 そもそも必要か必要でないかをノートに書かせずに、挙手だけで確認したところに問題がありました。
「必要だと思う人?」と先生に聞かれたとき、多くの子が手を挙げ、手を挙げてなかった数人もそれを見てから手を挙げていました。
 何にしても、一方に大きく振れるセレクト発問では意味がないといえます。
 討議会で発言したことですが、
「実験が必要なのか、一円玉の実験は必要なのか、はりの実験は必要なのかを個別に聞けば、必要か必要でないかの意見も分かれたと思います。」

 まず、細いはりを水面にそっと水平においてみましょう。ふつうにおいたら、はりに重さがありますから、すぐに水中へしずんでしまいます。それでは、一円玉ならどうでしょう。そっとうかべてみると、一円玉は水の上にみごとにうかびます。よく見ると、水面が一円玉のまわりでくぼんでいるのが分かります。
 次に、前の実験でしずんでしまったはりに油かバターをごくうすくぬってうかべてみます。すると、はりはちゃんと水面にうかびます。そのはりをよく見てみると、一円玉と同じようにはりのまわりの水面がくぼんでいるのが分かるでしょう。このくぼんだ水面が、元の平らなじょうたいにもどろうとして、一円玉やはりをおし上げているのです。このときにはたらく力を水の「表面張力」と言います。一円玉も油をぬって水をはじくようにしたはりも、この水の表面張力のおかげで水面にうくのです。

 よく読めば、文章の論理に破綻が見られます。
「はりに重さがありますから、すぐに水中へしずんでしまいます。」とありますが、それなら一円玉には重さはないのでしょうか。人間にも船にも重さはあるけれど、水に浮くことはできます。
 油をぬったはりは水をはじくから表面張力でうくけれど、油をぬってない一円玉はなぜうくのでしょう。そのことは一切書かれていません。
「一円玉とはりの実験は必要だろうか。」の最初の発問に戻れば、一円玉の実験は必要ないといえます。むしろ、ない方がいいのです。
 なぜなら、アメンボの足は一円玉よりはりに近いからです。
 授業者が、「筆者が一円玉とはりの実験について書いた理由を考えよう。」に変えたことに、私は不服です。書いた理由は筆者に聞かないと分かりません。原稿の規定枚数を埋めるために挿入したかもしれないからです。

(2015.11.12