本当に黄昏れ時なのか

「誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」の和歌について、検討します。
 この歌は、万葉集の第十巻2240番の和歌です。
 万葉集での原文は、次の通りになります。
「誰彼我莫問九月露沾乍君待吾」
 この原文だけ提示して分かることや気付いたことを言わせるのも面白そうです。「九月」「露」「君」「待(つ)」だけでも、結構、予測が立つかもしれません。
「誰そ彼」は「黄昏」の掛詞ですが、「黄昏」の意味は、「一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯である。」とウィキペディアに書いてありました。さらに、

「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそがれどき」の略である。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味である。(中略:荒井)対になる表現に夜明け前を表す「かわたれどき(彼は誰時)」があり、本来はいずれも、夜明け前・日没後の薄明帯を区別せずに読んだと推測される。

 夕方に露が出るとは思えないので、これは夜明け前だろうと推測できます。

(2016.9.6)