鈴木健二『道徳授業づくり 上達の10の技法』(2008.4日本標準)の上達の技法②「情熱を継続することが上達するための最も重要な技法である。」より。
このような二十年にもわたる蓄積があるからこそ、ある素材を見たときに授業プランがひらめくのである。自分に人より優れたところがあるからではない。
先に紹介した秋庭氏のコラムでは、イギリスの将軍ウェリトンの次の言葉が紹介されていた。
「習慣は第二の天性となり、天性に十倍する力を有する」
(『宮﨑日日新聞』二〇〇六年十一月二十八日付)
蓄積、要するに継続した努力が、天性(才能)より勝るということです。
稀勢の里の「努力で天才に勝つ」に通ずるところがあります。
ある社会科サークルに講師として呼ばれ、一時間三十分ほどの話をした。その後の懇親会で若い教師が言った。
「目から鱗が落ちるどころか、目が覚めました」
話を聞いた後は、誰だって刺激を受けて同じように感じる。しかし、刺激を受けて高まった情熱を継続できる教師は、ごくわずかである。道徳授業に限らず、上達を目指すことは簡単なことではない。同じ情熱を何年も継続することでしか、到達することはできないのである。
講座に刺激を受けて、やる気になる、というのは、一時的なものです。
燃焼実験に例えるなら、酸素を注入されて、激しく燃えるようなものです。
一時的に激しく燃えても、その分、二酸化炭素も増えてしまいます。それを疲労としてもいいでしょう。
情熱に燃えているときは、疲労も気にならなかったりします。
しかし、情熱も少しずつ冷めてきます。そうすると、蓄積した疲労がさらに、情熱の火を消していくわけです。
ところで、将来に役立つ蓄積は、アウトプットによって行われると、私は考えます。人から聞いた話や読んだ本の情報などは、そのときは覚えていても、数週間たてば、ほとんど忘れています。でも、それらの情報を自分のコメントをつけて文章に残したり、授業内容に盛り込んだとしたら、それは自分の中に蓄積として残るのです。
実際、文章に残っていれば、あとで、検索することもできます。
蓄積を目に見える形に残しておくことも重要なのです。
例えば、日記をつけるとき(子どもの場合)に、なるべく漢字を使うように、国語辞典で調べながら書いていくとします。毎日、毎日続けていると、「そういえば、この言葉、前に漢字で書いたことがある」と思いだし、前の日記を読み直して見つけることもできるのです。
(2017.5.18)