6年生に15年戦争の年表作りをさせました。授業時間内に調べきれなかった子は宿題にしました。教科書や資料集に載ってないのをいかに調べてくるかがポイントになります。今日の授業では、教科書・資料集以外の何で調べたかも発表させようと思っています。
ある子のノートに、「1935年忠犬ハチ公が死ぬ。20歳」と書いてました。
最初は、「これがなんで戦争に関係あるんだ」と思ったのですが、「いや意外と関係あるかも」と思い直しました。実際、インターネットで調べてみると、1935年の3月8日に死去し、剥製は今も国立科学博物館に保存されているそうです。
面白いことに1934年4月に渋谷駅前に銅像が建てられ、除幕式にはハチ公自身も出席したそうです。1944年の太平洋戦争の激化によって、金属が不足し、民間供出の時、ハチ公の銅像も回収されたそうです。
「なぜ、忠犬ハチ公を銅像にしたのか。」を考えると、主人に忠義を尽くすという姿が、戦争で天皇のため国のために忠義を尽くすことへ、つなげられたからではないかと、思います。悪くいえば、戦意高揚に利用されたわけです。
「何年なら戦争をやめることができたでしょうか。」
情報量の少ない子どもたちには難しい問いです。でもこういうことを考えて歴史を見るということも教えたかったのです。
[1931年]・①まだまだぎりぎり国際連盟に入っていたから。
⑫鉄道をこわさなければよかったから。(田中)
[1934年]・ヒトラーが総統にならなければ日中戦争だけで第二次世界大戦はおこらなかった。(藤本)
[1938年]・①第二次世界大戦前だから。②相手が中国だけだったから。(舩倉)
[1940年]・日独伊三国同盟を結ばなければ、アメリカなどにねらわれずにすんだかもしれない。(上田)
[1941年]・太平洋戦争をしなければアメリカとも戦争をしなくてすんだ。(小西)
・日本軍がハワイのアメリカ軍基地を攻撃しなければ、太平洋戦争はおこらなかった。(平瀬)
[1943年]・イタリアが降伏したときに一緒に降伏すればよかったと思うから(奥原)
・①三国しか仲間がいないのだからイタリアが降伏したじてんでこっちは二国であいては何国もあるからかち目がないから。
②ポツダム宣言を受け入れたらよかった。(乾)
子どもの発表の後、私の見解も話しました。
「先生は、1936年の二・二六事件の起こる前なら戦争をやめられたと思います。
なぜなら、この事件のあとから、軍部が力を持ちすぎて、政治を進めるように なったからです。」
(2007.11.26)