畑山博の書いた賢治の伝記「イーハトーヴの夢」から、賢治に関わる出来事を年代順にピックアップしていきます。
1896年8月27日 岩手県の花巻に生まれる。
小学6年生 身長133.9cm、体重29kg あだ名「石こ賢さん」
中学生「農作物の被害を少なくし、人々が安心して田畑を耕せるようにできないか。」
→「そのために一生をささげたい。それにはまず、最新の農業技術を学ぶことだ。」
盛岡高等農林学校に入学
25歳 農学校の先生になる。
「一度に大勢の生徒を相手に理想を語ってもだめだ。理想と現実の農業はちがう。
実際に自分も農民になって、自分で耕しながら人と話さなければ。」
30歳 農学校をやめ、「羅須地人協会」を作る。耕しながら勉強。
32歳 病気でねこむ。協会閉じる。
33歳 石灰肥料会社の共同経営者 セールス
35歳 旅先で発熱
1933年9月21日(37歳) 息を引き取る。
この伝記は、何年の記述が生まれたときと亡くなったときしかありません。
賢治の理想に焦点を当てて授業していきたいと考えています。
(2011.1.16)