「ぼく」から「わすれもの」へ

 詩「ぼく」の授業が終わりました。
 2つで分けるのは難しく、だけどの前で分けてたのは4人でした。4人でも正解があったのをよしとしましょう。
 さて、この詩のあとの授業をつなげようと思います。
 この詩で学んだことを次の詩で気付きで出させるように仕組むのです。
 となると、学びが活かせるような詩がいいです。
 大阪書籍5年上に載っていた高田敏子の詩「わすれもの」を使います。

 この詩で、話者や性別や2つで分けることが気付きで出ればOKです。

(2008.9.8)

 詩「わすれもの」の授業ですが、期待通りの結果は出ませんでした。
「題名はわすれもの。」というのが出たぐらいです。
「話者は男。」「作者は女。」「話者は子ども。」ぐらいは出ると予想してたのですが、話者とか作者とか普段使わないような言葉を使うのは思いの外、難しいのでしょう。
 でもだからこそ、気付きの中に、話者や作者を出す子が出たら、大きく取り上げて、多いにほめないといけません。むしろ、なかなか出ないということを体感したことで、心の底からほめれそうです。
 さて、ここで手を引くわけにはいきません。明日は、次の俳句です。

 某は案山子にて候雀殿       夏目漱石

 この俳句を選んだ(思いついた)理由はいくつかあります。
 まず、話者が案山子であること。
 次に、作者が名文音読でおなじみの夏目漱石であること。
 作者と話者に注目するのに、最適だからです。
 この俳句を子どもらで読ませた後に、気付きを書かせ、指名なしで発表させ、作者や話者を使っていた子を後でほめようと思っています。
 そこをほめるだけに扱う授業といってもいいでしょう。

(2008.9.9)