一国平和主義

 井沢元彦『英傑の日本史~新撰組・幕末編』(角川書店)のあとがきに次のことが書かれていました。歴史を教えるものとして、心しておきたいことです。

 日本は島国であるがゆえに、もともと「一国平和主義」でいたいという願望が常にある。この用語自体は現代のものだが、考え方としてはずっと昔からだ。平安時代も遣唐使を廃止して以後はずっと「一国平和主義」であった。聖徳太子、足利義満、織田信長といった海外に目を向けた英雄もいたが、やはり少数派であり、日本人の多くは「ガイジンを珍しがるが外国と交わるのはイヤ」という人々であった。価値観の違う人間と対等に付き合うのはイヤなのである。そこで島原の乱(日本人キリスト教徒の最大の反乱)を経て、幕府は「もう海外と付き合うのはやめよう」と「問題を先送り」した。確かに江戸時代初期の時点ではそれが可能だったが、逆に国際交流は不可避と判断し「いかにして外国と付き合うか」を真剣に考えるという方法もあった。が、それを先送りにして黒船で鎖国を破られ、その時もあくまで「一国平和主義」にこだわったから、結局多くの人命と財産を失った挙句、最も損な形で開国した。
 そして一五〇年、今の日本も少なからず「一国平和主義」を信じ「平和憲法」という「祖法」を絶対変えるなという人々がいる。まさに歴史は繰り返す、である。

 日本という国は、本当に平和でいられるのか、そこを考えたいものです。

(2008.1.1)